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第305話「毛利の冬凪」
安芸国、吉田郡山城。
毛利元就、六十三歳は、冬の澄み切った瀬戸内の海を、静かに見つめていた。
毛利の核は、経済と海上流通の完全な支配による構造維持にある。
戦わずに優位を維持するその国家運用は、北の地で上杉兼継が進める情報支配と、冷徹に響き合っていた。
「越後からの冬の定期船、積載された綿の量に一点の狂いもございませぬ」
小早川隆景、二十六歳が、木札の束を整理しながら報告した。
越後の記録係が作成する計算書は、冬の厳しい海を渡ってきた船であっても、厳格な正確さを維持していた。
誤魔化しが利かない。
しかし、その信頼の連鎖が、冬の流通の滞りを防ぎ、毛利の市場に安定をもたらしていた。
「あの若者は、寒さすらも自らの数字の中に閉じ込めているな」
元就は細い指で海図をなぞった。
「深く関わるな。我らの船も、気づけばあちらの維持装置の歯車にされてしまう」
隆景は黙って頭を下げた。
敵を殺さず、崩壊させず、ただ連鎖の中に組み込んでいく。
毛利の老将は、越後の不気味な持続力を見据えながら、自らの海上支配の網をさらに強固に締め直していた。
冬の凪いだ海が、毛利の城壁を静かに映し出していた。




