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第304話「武田の雪中行」
駿河国、山間の陣。
武田信玄、三十九歳は、雪の混じる風の中で、冷たい酒を一口すすった。
内の経済循環が貧弱な甲斐にとって、冬の行軍は大きな負担であった。
しかし、南の海を手に入れるための軍事圧力の放出は、もはや止めることのできない生存条件となっていた。
今川の防衛線は摩耗しているが、雪という天候の変数が、武田の速度を減速させていた。
「越後国境、積雪により完全に閉ざされておりますが、上杉の物資供給は砦の間で機能しております」
山本勘助、三十九歳が、雪を払った地図を指し示した。
兵数は少ないが、雪の中でも途切れない情報の伝達経路。
どこを叩いても即座に防備が跳ね上がる越後の構造に対し、信玄は改めて背筋の寒さを感じていた。
「やはり、北は動かせぬな」
信玄は呟いた。
「南の海を完全に我が構造に組み込まねば、この冬は越せぬ」
信玄は敵武将を無益に殺さない。
それは勢力の崩壊が、周囲の統治圧を極端に変化させるからである。
武田の騎馬隊は、雪を踏みしめながら静かに今川の領内へと侵入を続けていた。
越後という巨大な固定装置を背後に感じながら、信玄は自らの生存圏の確保を急いでいた。




