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第296話「文字の浸透度」
城下の長屋、夜の帳が降りる頃。
源太郎、二十二歳は、囲炉裏の薄明かりの中で、若い農民たちに文字を教えていた。
最初は荷運びの仲間内だけだった集まりが、今や長屋の枠を越え、周囲の集落へも浸透していた。
誰も命じていない。
しかし、文字を理解することが、役人の提示する数字を確かめ、己の生活を守る技術になるという結果が、彼らの自発的な行動を促していた。
「源さん、これで『維持』と書けているか」
若い農民が、割れた板切れを差し出した。
源太郎は丁寧にその線を直した。
玄斎から学んだ「教え方を学ぶ技術」が、ここで確実に生きていた。
「伝わらない原因を、自分の教え方の中に探すことだ」
その思想の核心が、民の間で自律的な知識の伝達を生み出していた。
越後の識字教育は、すでに完全に二層目に入り、誰にも止められない地下水となって流れていた。
城の兼継は、この動きを把握しながらも、あえて公式の制度にはせず、ただ静かに放置していた。
放置すること自体が、民の持続力を育てる最大の選択であると知っていたからだ。
文字を覚えた民の低い声が、秋の終わりの夜風に混じって、静かに響いていた。




