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第293話「毛利の波紋」
安芸国、吉田郡山城。
毛利元就、六十三歳は、瀬戸内の穏やかな海原を城楼から見下ろしていた。
毛利の強みは、経済と海上流通の完全なる支配による構造維持にある。
戦わずに優位を保つその国家運用は、はるか北の地で上杉兼継が進める情報支配と、目に見えない網の目で繋がっていた。
「越後の船がもたらす木札の記録、西国の商人たちの間でも信頼の基準となっております」
小早川隆景、二十六歳が、最新の交易帳面を差し出しながら報告した。
越後の記録係が作成する計算書は、毛利の市場にも厳格な正確さを要求していた。
不当な価格操作は記録から即座に露見する。
しかし、その透明性が無駄な疑心暗鬼を排除し、交易の持続力を跳ね上げていた。
「あの若者は、剣を使わずに我らの経済を縛っている」
元就は細い指で海図をなぞった。
「深く入り込むなと言ったのは、そのためよ。気づけば我らもあちらの固定装置の一部にされてしまう」
隆景は頷き、警戒の目を崩さなかった。
敵を殺さず、勢力を崩壊させず、ただ連鎖の中に組み込んでいく。
毛利の老将は、越後の不気味な統治持続力を見据えながら、自らの海上支配の網の目を、さらに強固に締め直していた。




