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第279話「氏康の防衛線」
相模国、小田原城。
北条氏康、四十五歳は、支城から届いた国境の状況報告を注視していた。
北条の強みは、四代にわたり積み上げられた「崩れない構造」そのものである。
他国がどれほど揺れ動こうと、小田原の四里四方は微動だにしない。
しかし、武田の南下と織田の急激な膨張は、確実に相模の国境にも統治圧の変化をもたらしていた。
「越後の若者が作った情報の網、我が領内にも染み込みつつあります」
宿老の報告に、氏康は火箸を置いた。
「土地を縛る我が方の検地に対し、あやつらは情報の流動で世界を書き換えようとしている」
動かないものは頑強だが、動くものは増殖する。
その違いが、いずれ致命的な差となって現れることを、氏康は誰よりも正確に理解していた。
「各支城の連絡網を倍にせよ。数字の乱れを絶対に見逃すな」
氏康は家臣たちに命じた。
説明過多は不要である。
現場の機能が落ちなければ、いかなる外圧にも耐えられる。
氏康は遠い北の空を見据えながら、防壁をさらに高く積み上げるための計算を続けていた。




