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第269話「毛利の海運網」
安芸国、吉田郡山城。
毛利元就、六十三歳は、自慢の水軍から上がってきた報告書を精査していた。
毛利の核は、経済と海上流通の完全なる支配である。
戦わずに優位を維持するその手法は、北の地で上杉兼継が進める情報支配と本質的に響き合っていた。
「越後の港からの船、塩の積載量に一点の狂いもございませぬ」
小早川隆景、二十六歳が、感嘆の息を漏らしながら木札を差し出した。
越後の記録係が作成する計算書は、毛利の商人たちにも厳格な取引を要求していた。
誤魔化しが利かない。
しかし、だからこそ無駄な不信や交渉の遅延が削ぎ落とされ、流通の速度は跳ね上がっていた。
「戦を仕掛けて領地を奪い合うなど、下策の極みよ」
元就は細い指で海図の航路をなぞった。
「あの若者は、商いという目に見えぬ糸で、我らの船をも自らの構造に組み込んでいる」
隆景は警戒を強めるべきかと問うたが、元就は静かに首を振った。
「流れに乗るのが商いだ。ただし、根まで抜かれぬよう、我らは海の支配だけは死守せねばならん」
敵を殺さず、崩壊させず、ただ連鎖の中に閉じ込める。
毛利の老将は、越後の冷徹な持続力を見据えながら、自らの海運網をさらに強固に締め直していた。




