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愛を捨てし軍神の娘は、魔王に堕つ ―十一歳、上杉兼継 覚醒―  作者: 竜太郎


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第25話「尾張」

尾張。


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泥。


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喧騒。


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商人。


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鉄。


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そこは、他国とは違っていた。


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戦国。


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だが。


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どこか、“戦国らしくない”。


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「遅い」


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男が、吐き捨てる。


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周囲が、一瞬で静まる。


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織田信長。


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まだ若い。


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だが。


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その目だけが、異常だった。


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「鉄砲が足りん」


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家臣たちが、顔を見合わせる。


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「すでに相当数を」


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「足りん」


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即答。


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「戦国が変わる」


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その一言で。


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空気が、変わる。


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普通の武将は。


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鉄砲を、“武器”として見る。


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だが。


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信長は違う。


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“時代”として見ている。


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「火縄の改良は」


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「進めております」


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「南蛮商人は」


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「接触済み」


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「鉄は」


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「確保中」


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信長は、つまらなそうに鼻を鳴らす。


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「全部遅い」


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家臣たちが、黙る。


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誰も、口を挟めない。


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「……上杉」


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ぽつりと呟く。


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空気が、わずかに変わる。


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噂は、届いている。


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越後の魔王。


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火輪銃。


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指揮破壊。


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武田との激突。


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だが。


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信長は、笑った。


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「面白い」


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その笑み。


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家臣たちが、背筋を冷やす。


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嫌な笑い方だった。


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「……信長様」


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側近が、恐る恐る問う。


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「警戒、なされますか」


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信長は、一瞬だけ黙る。


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そして。


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「当然だ」


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即答。


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「だから、潰す」


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そこに。


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恐怖はない。


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“当然”として言っている。


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「だが」


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信長の目が、細くなる。


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「武田信玄ですら殺せんか」


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短い沈黙。


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そして。


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初めて。


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興味を持った。


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「……見たいな」


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何を。


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とは、誰も聞かない。


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聞く必要がない。


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信長は。


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“強者”にしか興味がない。


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その頃。


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越後。


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兼継は、静かに地図を見ていた。


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「尾張」


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短い言葉。


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家臣が、頷く。


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「織田信長」


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「鉄砲収集」


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「流通掌握」


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「商人との接触拡大」


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報告が続く。


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兼継は、黙って聞いていた。


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違和感。


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武田とは、違う。


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あれは。


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“戦”ではない。


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もっと。


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別の何か。


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「……嫌な男だな」


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初めて。


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兼継が、そう言った。


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家臣たちが、顔を見合わせる。


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武田信玄ですら。


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ここまで言われていない。


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「何が、でございますか」


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兼継は、少しだけ考える。


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そして。


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「壊し方を知っている」


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空気が、凍る。


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「戦ではなく」


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「時代を壊す男だ」


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それは。


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兼継自身に近い。


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だからこそ。


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危険。


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「……魔王」


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家臣の一人が、呟く。


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だが。


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違う。


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兼継は、静かに否定した。


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「違う」


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「アレは」


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わずかな沈黙。


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そして。


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「災害だ」


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その瞬間。


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部屋の空気が、完全に変わった。


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理解した。


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上杉兼継が。


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初めて。


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“危険視”した。


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武田信玄ではない。


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織田信長を。


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遠く。


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尾張。


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信長もまた、空を見ていた。


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「上杉兼継」


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初めて。


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その名を、口にする。


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笑う。


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「会いたいな」


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その笑みは。


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戦国で最も危険な笑みだった。


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二人の魔王。


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まだ。


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会ってすらいない。


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だが。


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時代は。


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確実に、そこへ向かっていた。


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(次話へ)


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