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第244話「武田の視線」
甲斐国、躑躅ヶ崎館。
武田信玄、三十九歳は、冷たい水を一気に飲み干した。
内の経済循環が貧弱な甲斐は、常に外への軍事圧力を必要としている。
春の行動の予兆は、すでに重臣たちの間で共有されていた。
「越後の国境、相変わらず隙がございませぬ」
山本勘助、三十九歳が、静かに地図を指し示した。
兵数は少ない。
しかし、物資の配給経路が完璧に整備されており、どこを叩いても即座に防備が跳ね上がる構造になっていた。
「やはり、北は泥沼だな」
信玄は呟いた。
「崩すには、こちらの経済持続力が足りぬ」
局地戦において無敵を誇る武田の騎馬隊も、長期の維持を前提とした構造体には通用しにくい。
信玄は敵を殺しすぎることを嫌う。
それは、統治の持続力を奪うからであった。
「南へ回る」
信玄は決断した。
「今川の維持力が落ちている。駿河の海を手に入れねば、甲斐は干上がる」
武田の軍事圧力は、越後を避けて南へと旋回を始めた。
これもまた、兼継が作り出した「崩れない強さ」が、周囲の構造を再配置させた結果であった。
信玄の鋭い瞳は、すでに甲斐の山々の向こう、青い海を捉えていた。




