243/288
第243話「氏康の防壁」
相模国、小田原城。
北条氏康、四十五歳は、支城から集まった報告書を精査していた。
北条の強みは、四代にわたって積み上げられた「崩れない構造」そのものである。
他国がどれほど揺れ動こうと、小田原の四里四方は微動だにしない。
「越後の若者は、流れを統治しようとしている」
氏康はかつてそう評したが、その警戒は今も解けていなかった。
土地を縛る北条の検地に対し、越後は物資と情報の流動を追っている。
動かないものは頑強だが、動くものは増殖する。
その違いが、いずれ大きな差となって現れることを、氏康は見抜いていた。
「各関所の番を強化せよ。銭の出入りではなく、不審な数字の動きを追え」
氏康が宿老たちに命じた。
「数字の動き、でございますか」
怪訝な顔をする家臣たちに、氏康は多くを語らなかった。
説明過多は構造を鈍らせる。
ただ、現場が機能していれば、外からの圧力には耐えられる。
氏康は炉の灰を火箸で弄びながら、遠い北の国境を見据えていた。
「あの子どもが成人する頃、関東の均衡がどう変化しているか」
北条は崩れない。
しかし、維持され続ける越後の構造に対し、氏康は静かに自国の防壁を一段と高く積み上げ始めていた。




