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愛を捨てし軍神の娘は、魔王に堕つ ―十一歳、上杉兼継 覚醒―  作者: 竜太郎


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234/288

第234話「甲斐の乾き」

同じ頃、甲斐の武田信玄は、躑躅ヶ崎館の奥で重臣たちと向かい合っていた。

春の訪れは、武田にとっては軍事圧力を外へ放出する季節の始まりを意味する。山に囲まれた甲斐は、常に物資が不足している。内の経済循環を維持するためには、外から奪うか、あるいは外への通路を確保し続けねばならなかった。今年の冬の雪害により、領内の蓄えは底を突きかけていた。塩の価格高騰も民を苦しめている。


信玄の前に座る山本勘助が、静かに地図を指し示した。

「越後の国境守備は、昨年に比べて兵数が減っております」

信玄は目を細めた。

「兵が減ったのは、油断か、それとも別の理由か」

「兵を農地に返した模様。あそこの若者は戦を嫌っているようだと、間者が申しております」


信玄は短く笑った。

「戦を嫌う者が、これほどの冬を越せるわけがない。あれは兵を減らしたのではない。兵を動かす必要がないほど、内が安定しているのだ」

「叩けば崩れますか」

「外壁は薄いが、中に入れば泥沼になりましょう」


武田の軍事圧縮構造は、局地戦において無敵を誇る。しかし、それは短期決戦が大前提であった。長期の泥沼は、甲斐の貧弱な経済持続力を干上がらせる。信玄は地図の越後から目を離し、南の今川、あるいは駿河の海へと視線を移した。

「圧力をかけるべきは、北ではない」

信玄の決断は、静かに他の方角へと傾きつつあった。

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