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第222話「夜の問い」
夜、農家の一室。
父親が囲炉裏の前で黙っていた。五十一歳。字は読めない。生まれてから一度も必要を感じなかった。
娘が隣に座って、紙に文字を書いていた。玄斎の小屋で覚えた字を、毎晩練習している。
父親はそれを横目で見ていた。
「何て書いた」
「川」
「これは」
「山」
父親は黙った。娘が聞いた。「父ちゃんも覚える?」
父親はしばらく何も言わなかった。囲炉裏の火が揺れた。
「俺はいい」
娘は「そう」と言って、また書き続けた。
父親は火を見た。娘が知っていて自分が知らないことが、この世に存在するようになった。悔しい、とも違う。寂しい、とも違う。
言葉の形にならない感情が、囲炉裏の煙のように漂って、静かに消えた。
父親は何も言わなかった。娘は書き続けた。外では風が鳴っていた。




