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第212話「越後の朝」
夜明け前。
越後の城下は静かだ。
まだ人は動いていない。鶏の声が遠くから聞こえる。川の音がする。
城の灯が一つ、まだついている。
兼継の部屋だ。
夜通し何かを書いていたらしい、と家臣は知っている。止めに行く者はいない。殿が夜に書いている時、邪魔をしてはいけない。それは誰に言われたわけでもなく、自然にそうなっていた。
城下が動き始める。
米屋が戸を開ける。井戸に人が集まる。子どもが走る。橋市の方向から、荷馬の蹄の音が届く。
一日が始まる。
越後の一日は、今日も静かに始まった。
戦の知らせはない。大きな事件もない。ただ人が動き、物が動き、金が動き、言葉が動く。
それだけのことが、積み重なっていく。
城の灯が、夜明けの光の中に溶けていく。
兼継が書いたものが何だったのか、その日誰も知らなかった。
三十年後、それが越後の制度の原型だったと記録される。
ただ、その朝は、誰も知らなかった。
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