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愛を捨てし軍神の娘は、魔王に堕つ ―十一歳、上杉兼継 覚醒―  作者: 竜太郎


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212/288

第212話「越後の朝」

夜明け前。

越後の城下は静かだ。

まだ人は動いていない。鶏の声が遠くから聞こえる。川の音がする。

城の灯が一つ、まだついている。

兼継の部屋だ。

夜通し何かを書いていたらしい、と家臣は知っている。止めに行く者はいない。殿が夜に書いている時、邪魔をしてはいけない。それは誰に言われたわけでもなく、自然にそうなっていた。

城下が動き始める。

米屋が戸を開ける。井戸に人が集まる。子どもが走る。橋市の方向から、荷馬の蹄の音が届く。

一日が始まる。

越後の一日は、今日も静かに始まった。

戦の知らせはない。大きな事件もない。ただ人が動き、物が動き、金が動き、言葉が動く。

それだけのことが、積み重なっていく。

城の灯が、夜明けの光の中に溶けていく。

兼継が書いたものが何だったのか、その日誰も知らなかった。

三十年後、それが越後の制度の原型だったと記録される。

ただ、その朝は、誰も知らなかった。

(次話へ)

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