206/288
第206話「氏康、書状を書く」
小田原城。
北条氏康、三十七歳。
机の前に座って、すでに一刻が経っていた。書状の書き出しを、三度書き直した。
宛先は越後ではない。甲斐だ。
武田信玄への書状だった。
内容は単純だ。越後の動きについて、互いの情報を突き合わせたい。それだけだ。だが、それだけの書状が、なぜか書きにくい。
越後の十三歳について書くことが、どこか、恥ずかしい気がした。
自分たちが注目しているという事実を、文字にすることへの抵抗があった。
氏康は筆を置いた。
窓の外、小田原の城下が広がっている。
整った城下だ。北条が三代かけて作った秩序がある。それは誇りだった。
だが越後の子どもは、十三歳で動き始めた。
三代かけてやったことを、一代でやろうとしているのか。それとも、三代でもやれなかったことをやろうとしているのか。
氏康はまた筆を取った。
今度は書けた。
「越後の件、貴殿はいかに見るか」
それだけ書いた。
(次話へ)




