204/288
第204話「夜の川」
橋市の夜は、以前より遅くまで灯がともっている。
川のそばに住む老船頭、六十四歳。毎晩この橋を見ている。
橋が出来る前、この川は境界だった。渡るには渡し舟が要った。渡し舟がなければ、対岸は別の世界だった。
今は橋がある。
当たり前のように、人が渡る。荷が渡る。言葉が渡る。
老船頭の仕事は減った。だが、不満はない。
橋ができた年、対岸の村から嫁いできた娘が三人いた。橋がなければ、その縁は生まれなかった。橋がなければ、今頃対岸の村は別の国のままだった。
川は変わらない。
ただ、川の意味が変わった。
老船頭は水面を見た。月が映っている。
どこかで笑い声がする。
宿の灯が揺れている。
遠くから、子どもの声が聞こえた気がした。文字の練習でもしているのだろうか。
越後の夜が、静かに続いていた。
国が変わるとき、たいていそれは静かだ。
誰も気づかないほど、静かに。
(次話へ)




