第18話「雪中」
雪は、さらに強くなっていた。
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白い。
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何もかもを覆い隠すほどに。
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武田軍は、止まっていた。
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進めない。
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補給は焼かれ。
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退路は崩され。
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兵は疲弊している。
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普通なら。
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ここで終わる。
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だが。
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「……まだだ」
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武田信玄は、立っていた。
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血を流しながら。
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それでも。
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前を見ている。
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「兵糧は」
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「残り僅か」
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「馬は」
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「半数以下」
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「火は」
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「維持困難」
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報告は、絶望的だった。
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だが。
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信玄は、笑う。
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「上等だ」
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周囲が、息を呑む。
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「ここまで追い込まれねば、見えぬものもある」
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雪を見る。
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風を見る。
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地形を見る。
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そして。
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笑った。
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「……そうか」
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理解した。
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「見えているのではない」
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間。
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「作っているのか」
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その言葉で。
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空気が変わる。
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兼継は。
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未来を読んでいるのではない。
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“未来そのものを誘導している”。
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だから。
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逃げられない。
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「ならば」
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信玄が、静かに立ち上がる。
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「壊すしかない」
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越後。
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兼継は、報告を受けていた。
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「武田軍、停止」
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「兵糧不足」
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「撤退困難」
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当然。
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すべて予定通り。
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「……終わりだな」
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家臣たちも、同じ認識だった。
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だが。
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兼継だけは、違った。
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「いや」
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短い否定。
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「まだ終わらない」
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空気が、張り詰める。
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「武田信玄は、止まった状態で終わる男ではない」
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理解している。
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敵を。
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「来る」
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断言。
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「最短で」
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「最速で」
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「最も無理な道を選ぶ」
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それが。
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武田信玄。
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その夜。
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武田軍は、動いた。
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雪の中を。
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灯りもなく。
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音もなく。
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「……正面ではない?」
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越後側の見張りが、違和感を覚える。
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だが。
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遅い。
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「山を越えている!?」
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あり得ない。
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雪山。
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夜。
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補給不足。
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そんな状態で、進めるはずがない。
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だが。
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武田は、進む。
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兵が倒れる。
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凍える。
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落ちる。
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それでも。
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進む。
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「……狂っている」
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越後側の兵が、震える。
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理解できない。
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普通ではない。
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だが。
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その先頭。
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武田信玄だけは。
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止まらない。
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「前へ出ろ」
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静かな声。
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それだけで。
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武田軍は、再び動く。
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越後。
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報告が飛び込む。
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「武田軍、山越え!」
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「本陣側へ接近中!」
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家臣たちが、ざわつく。
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だが。
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兼継だけは、静かだった。
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「……来たか」
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予測通り。
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「火輪銃隊は」
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「配置済み」
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「伏兵は」
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「完了」
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すべて。
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終わっている。
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だが。
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兼継は、窓の外を見る。
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吹雪。
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白。
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何も見えない。
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その中を。
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武田が来る。
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「……強いな」
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ぽつりと呟く。
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これほど壊しても。
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まだ来る。
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「だからこそ」
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目が、細くなる。
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「ここで終わらせる」
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雪の中。
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ついに。
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武田軍が、越後本陣を視界に捉える。
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「見えたぞ!!」
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歓声。
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絶望の中で、初めて上がる声。
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だが。
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次の瞬間。
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鐘。
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一度。
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二度。
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三度。
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吹雪の中。
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周囲に、灯りが浮かぶ。
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一つ。
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十。
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百。
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「……囲まれている」
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誰かが、呟く。
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気づいた時には。
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遅かった。
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吹雪そのものが。
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“檻”になっていた。
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高所。
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兼継が、静かに立っている。
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雪の中。
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その姿だけが、異様に見えた。
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「……武田信玄」
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静かな声。
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「ここまで来るか」
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それは。
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賞賛だった。
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だが。
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「終わりだ」
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火輪銃が、一斉に構えられる。
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武田軍も、理解していた。
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ここが。
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本当の地獄だと。
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