第15話「火輪」
夜。
雪は止んでいた。
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冷たい風だけが、静かに流れている。
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越後。
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城の奥。
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灯りの少ない一室に、金属音が響いていた。
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甲高い。
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乾いた音。
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火縄銃とは、違う。
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「……三度目です」
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男が、震えた声で言う。
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「撃発が、安定しません」
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床には、分解された銃。
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歯車。
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鉄。
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小さな火打石。
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普通の鍛冶師なら、理解すらできない構造。
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「……弱いな」
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兼継は、静かに呟く。
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「火花が足りない」
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手を伸ばす。
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細い指で、内部構造を動かす。
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わずかな調整。
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それだけ。
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「もう一度」
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短い命令。
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鍛冶師が、息を呑む。
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「……は、はい」
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震える手で、装填。
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回転。
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火打石が擦れる。
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次の瞬間。
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乾いた発砲音。
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火縄は、ない。
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煙も、最小。
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「……っ!」
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鍛冶師が、目を見開く。
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「で、できた……」
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だが。
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兼継は、表情を変えない。
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当然の結果。
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「量産は」
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鍛冶師の顔が、強張る。
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「……難しいかと」
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「構造が複雑すぎます」
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「鉄も、技術も足りません」
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正直な答え。
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だが。
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兼継は、頷いた。
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「構わない」
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間。
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「数は要らない」
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その言葉で。
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部屋の空気が、変わる。
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「百五十」
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「それだけあれば、十分だ」
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理由は、誰も聞かない。
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いや。
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聞けない。
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兼継は、窓の外を見る。
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雪。
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静かな夜。
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「戦は、最初で決まる」
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ぽつりと、呟く。
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「指揮を落とせば、軍は崩れる」
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それだけ。
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単純。
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だが。
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恐ろしい。
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「……名を」
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鍛冶師が、恐る恐る言う。
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「この銃に、名を」
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兼継は、少しだけ沈黙する。
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そして。
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「火輪銃」
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短い言葉。
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「火輪……」
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「回る火だ」
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歯車。
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火花。
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回転。
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それが、戦場を壊す。
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「明日より、選別を始めろ」
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「扱える者だけを残せ」
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百五十。
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それは、兵ではない。
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“刃”だ。
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数日後。
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越後の外れ。
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雪原。
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百を超える兵が、並んでいた。
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静かだ。
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誰も、喋らない。
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その前に。
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兼継が立つ。
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「撃て」
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乾いた発砲音。
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一斉。
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火縄はない。
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煙も薄い。
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そして。
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速い。
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遠くの的が、次々に砕ける。
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「……なんだ、これは」
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見ていた家臣が、息を呑む。
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「準備が、要らない……?」
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火縄を使わない。
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つまり。
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雨でも。
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夜でも。
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即座に撃てる。
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「……戦が変わる」
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誰かが、震えながら呟く。
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違う。
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変わるのではない。
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壊れる。
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これまでの常識が。
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兼継は、兵たちを見る。
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「狙うのは、兵ではない」
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静かな声。
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「将」
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「旗」
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「伝令」
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それだけ。
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「軍を殺せ」
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空気が、凍る。
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兵ではなく。
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軍そのものを壊す。
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それが。
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火輪銃。
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「……理解したか」
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百五十の兵が、膝をつく。
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「御意」
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その声は、揃っていた。
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兼継は、頷く。
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「では」
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わずかな間。
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「次で終わらせる」
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その言葉に。
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誰も、疑問を持たない。
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火輪銃。
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それは、兵器ではない。
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“戦国を終わらせるための刃”。
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そして。
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その刃は、完成した。
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