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第121話 渡り初め
朝。
越後。
川霧が、低く流れていた。
冷たい水音。
濡れた木の匂い。
橋場には、人が集まっている。
兵。
村人。
商人。
皆、泥を踏みながら立っていた。
橋。
まだ完全ではない。
縄も。
杭も。
補強は残る。
だが。
繋がった。
向こう岸まで。
一本。
長く。
静かに。
若い兵が、橋を見上げた。
「……本当に出来たな」
誰かが鼻を鳴らす。
「まだ終わってねえ」
少し笑い。
だが。
皆、橋を見ていた。
兼継が歩く。
濡れた足袋。
乾かぬ泥。
風が袖を揺らす。
止まらない足。
橋の中央で止まる。
川を見る。
強い流れ。
少し油断すれば奪う水。
それでも。
橋はある。
兼継が短く言う。
「荷を通せ」
それだけ。
声は小さい。
だが。
空気が動く。
商人が荷を押す。
兵が支える。
村人が縄を確かめる。
木が軋む。
橋が鳴る。
誰も喋らない。
落ちぬか。
崩れぬか。
皆、見ていた。
やがて。
最初の荷が渡り切る。
塩。
薬。
干し魚。
ほんの少しの米。
小さな荷。
だが。
向こう岸の村へ行く。
老人が、ぽつりと言った。
「……届くな」
短い言葉。
誰も騒がない。
勝鬨もない。
ただ。
少しだけ。
肩が下りた。
橋の向こうへ。
暮らしが伸び始めていた。
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