第12話「境界」
戦の余熱が、まだ残っていた。
だが。
その中に、明確な“境界”が生まれている。
――
武田は、退いた。
崩壊ではない。
撤退。
---
それだけで、価値があった。
---
「……退いたか」
---
越後。
上杉兼継は、報を受けて言う。
---
「はい。武田、戦線離脱」
---
短い報告。
---
「損害は」
---
「中程度。指揮系統の損傷は大きいですが、壊滅には至っておりません」
---
当然だ。
---
「武田信玄」
---
その名を、静かに口にする。
---
「残る男だ」
---
評価だった。
---
だが。
---
それ以上でも、それ以下でもない。
---
「……次は来ないな」
---
断言。
---
---
甲斐。
---
武田の本陣。
---
静かだった。
---
敗北ではない。
だが。
勝利でもない。
---
「……見えたか」
---
信玄が問う。
---
側近たちは、沈黙する。
---
だが。
---
「……一部は」
---
答えが返る。
---
---
「言え」
---
---
「情報操作、誘導、初撃」
---
「そして……二段構え」
---
---
信玄は、わずかに頷く。
---
「そうだ」
---
---
「一つではない」
---
---
「必ず、次がある」
---
---
それが、兼継の戦。
---
---
「……ならば」
---
---
側近が、言葉を選ぶ。
---
---
「対策は」
---
---
信玄は、目を閉じる。
---
---
短い思考。
---
だが、深い。
---
---
「一つだけだ」
---
---
目を開く。
---
---
「読まれる前に、終わらせる」
---
---
間。
---
---
「速さで上回る」
---
---
それしかない。
---
---
だが。
---
---
「……可能でございますか」
---
---
当然の疑問。
---
---
信玄は、わずかに笑う。
---
---
「分からん」
---
---
正直だった。
---
---
「だが」
---
---
その一言で、空気が締まる。
---
---
「試す」
---
---
それだけで、十分だった。
---
---
越後。
---
兼継は、外を見ていた。
---
静かだ。
---
だが。
---
すべてが動いている。
---
---
「……来ない」
---
---
家臣が、答える。
---
「はい。武田、動きなし」
---
---
当然だ。
---
---
「学んだな」
---
---
それが、結論。
---
---
「ならば」
---
---
視線が、遠くへ向く。
---
---
「こちらから行く」
---
---
初めて。
---
---
攻める意思が、明確になる。
---
---
「準備しろ」
---
---
短い命令。
---
---
「次は、こちらが選ぶ」
---
---
戦場を。
---
時間を。
---
すべてを。
---
---
家臣たちが、動く。
---
---
迷いはない。
---
---
すでに理解している。
---
---
この戦は。
---
---
“選んだ側が勝つ”
---
---
そして。
---
---
選ぶのは、常に兼継。
---
---
遠く。
---
甲斐。
---
信玄は、同じ空を見ていた。
---
---
「……来るな」
---
---
短い言葉。
---
---
だが。
---
---
分かっている。
---
---
避けられない。
---
---
「……ならば」
---
---
わずかに、口元が上がる。
---
---
「迎える」
---
---
その一言で。
---
---
戦は、次へ進む。
---
---
魔王と。
---
抗う者。
---
---
その境界が、確定した。
---
---
ここから先は。
---
---
もう、戻れない。
---
(次話へ)




