112/288
第112話 囲炉裏の約束
山村。
夜。
囲炉裏。
火が静かに鳴っていた。
鍋から湯気。
味噌の匂い。
去年より少し濃い粥。
女が椀を並べる。
子どもが火を見ている。
若者が戻った。
肩に泥。
橋場帰り。
座ると、長く息を吐いた。
「寒かったか」
老人が聞く。
若者は頷く。
「でも進んだ」
短い言葉。
火が揺れる。
皆、少しだけ黙る。
去年なら。
未来の話は出なかった。
今日、生きる。
それだけだった。
だが。
今は違う。
橋が出来れば。
荷が早く来る。
薬が届く。
冬が少し軽くなる。
女が鍋を混ぜながら言った。
「冬、越えられるかな」
老人は火を見る。
長い沈黙。
荒れた手を火へ向ける。
そして。
ぽつり。
「越える」
短い言葉。
だが。
今年は少し信じられた。
外では風。
寒さはまだ近い。
それでも。
囲炉裏の周りには。
小さな安心が座っていた。
子どもが眠そうに言う。
「また、おなかいっぱい食べたい」
誰も笑わない。
誰も茶化さない。
ただ。
静かに頷いた。
それは、この村の小さな約束みたいだった。
(次話へ)




