# 第7話 今日の力で、猫の話が分かるようになった(にゃんで)
古竜さんが、今日も、力をくれると言い出した。ただ、いつもの天災よけとは、毛色がちがうらしい。
「貴様に、新たな加護を授けよう」
畳のへりに座って、もったいぶった顔をした。最近は、押入れより畳にいる時間のほうが、長いかもしれない。
「我が叡智の加護。名を――『竜語』。この力ある限り、貴様は地上のあらゆる声を解する。獣の言葉も、鳥のさえずりも、虫の羽音にこめられた意味すら、貴様の耳には言葉として届く。古竜は、万象と語らう者なのだ!」
「あらゆる声ってなに」
「うむ。世界の声を聞くがいい」
わたしとは、語らわないらしい。でもちょっと、すごそうだった。あらゆる声が分かるなら、いろいろ便利な気がする。
気付いたら、ベランダに、近所の猫がいた。たまに見かける、茶色いやつ。手すりの上で、わたしのほうを見て、なあ、と鳴いた。
なあ、が、言葉になって、頭に届いた。
『そこ、どけ』
「え」
『そこ、おれの昼寝の場所。どけ』
猫は、そう言っていた。あらゆる声を解した結果、最初に届いたのが、それだった。わたしは、手すりの前から、一歩、横にずれた。猫は、満足そうに、手すりの上に飛び乗って、丸くなった。
『わかればいい』
それきり、猫は、目を閉じた。世界の声は、それで、おしまいだった。
『あと、にぼし』
目を閉じたまま、猫は、もう一言、つけ足した。要望だった。世界の声の、二つめは、にぼしだった。
「どうだ。万象の声は」
押入れ、いや、畳のほうから、古竜さんが得意げに聞いてきた。
「場所をどけって言われた……」
「ほう。深遠なる言葉だな」
「ぜんぜん深遠じゃないです。昼寝の場所をどけって、それだけです」
「それが、その者の真実であろう。万象に、貴き声も卑しき声もない」
何を言っているのか、解することはできなかったが、いいことを言っているようで、要するに、猫はわがままだった。わたしは、ベランダで丸くなっている猫を見た。猫は、もう、わたしのことなど、どうでもよさそうだった。
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その後も、力は続いた。スズメは『腹減った』と言っていて、どこかの犬は『さんぽ、さんぽ』と言っていた。夜には、虫が『あつい』と鳴いていた。あらゆる声は、おおむね、腹か、暑いか、どけ、の、どれかだった。
「世界の声、わりと、単純ですね」
「そうだな。生きるとは、そういうことだ」
「腹か、暑いか、どけ、ですか」
「うむ。あと、にぼし」
「にぼしは、さっきの猫だけです」
「猫の真実は、にぼしにある」
古竜さんは、しみじみと言った。三千年生きた竜が言うと、なんだか、それっぽく聞こえた。聞こえたけれど、要するに、みんな腹が減っていた。あと、にぼしだった。
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夜、麦茶を飲みながら、わたしは試しに、聞いてみた。
「古竜さんの声も、本当の意味が分かったりするんですか、この力で」
麦茶のコップから口を離して、古竜さんは、わたしを見た。それから、ふっと笑った。
「我は、万象の外にある。古竜の言葉に、裏の意味などない。我が偉そうなのは、本当に、偉いからだ」
「あ、そういう感じ」
「うむ」
裏の意味は、なかった。少なくとも、本人は、そう言っていて、わたしは、それを、信じることにした。猫よりは、つきあいが長いので。
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次の朝、力は消えていた。猫の声は、ただの、なあ、に戻っていて、それはそれで、すこし、さびしかった。どけ、と言われるのも、悪くなかったのかもしれない。
「麦茶をくれ」
古竜さんは、いつもと同じだった。




