# 第5話 「竜の咆哮」を寝坊の目覚ましに使われる(おはよう)
地鳴りで、目が覚めた。
正確には、地鳴りみたいな音だった。腹の底に響く、低くて、長い、ぐおおお、という音。布団の中で、心臓が一回、跳ねた。地震かと思った。違った。
音は、押入れから聞こえていた。
「な、なに」
飛び起きて襖を開けると、古竜さんが、ねぐらの奥で、大きく口を開けていた。胸をいっぱいにふくらませて、ありったけの息を、音にして吐き出していた。ぐおおおお。小さい体の、どこにそんな音が入っているのか、分からなかった。
「やめ、やめてください」
耳を押さえて言うと、古竜さんは、ぴたりと口を閉じた。ねぐらのほこりが、音の余韻で、ふわふわ舞っていた。
「起きたな」
「起きました、起きましたから」
「我が必殺の咆哮である。名を――『竜咆』。かつてこの声に、千の軍勢が膝を折り、山がふたつに裂けたという。空を渡る雷すら、我が咆哮の前では、ささやきにすぎぬ!」
「それ、今、なんで使ったんですか」
「貴様が、起きぬからだ」
そういえば、ゆうべ、頼んだ気がした。明日、寝坊できないから、七時に起こしてほしい、と。麦茶を注ぎながら、軽い気持ちで。
「いや、起こしてとは言いましたけど」
「起こした」
「もっと、こう、ふつうの起こし方ってないんですか。肩を揺するとか」
わたしは、空いている手で、肩を揺するしぐさをしてみせた。こう、と。古竜さんは、その手を、しばらく見ていた。
「我は古竜だ。肩を揺するなど、格が許さぬ」
「咆哮は許すんですね」
「竜咆、は、格に合うのでな」
「声をかけるのは」
「それも、格に合わぬ」
「じゃあ、咆哮しか、ないっすね」
「うむ」
選択肢が、咆哮しかなかった。格を守ると、毎朝、腹に響く低い音で叩き起こされる。古竜さんは、ふん、と胸を張った。山をふたつに裂く声で、近所迷惑ぎりぎりの、ぎりぎりか? 目覚ましをやっているドラ娘が、そこにいた。
階下から、お母さんが「いまの、なに」と声をかけてきた。わたしは「テレビ」と答えた。古竜さんが、心外そうに翼をふくらませた。テレビ扱いされたのが、不服らしい。
「で、何時ですか、いま」
「知らぬ」
「起こしてくれたんじゃ」
「起こせとは言われたが、時刻を見ろとは言われておらぬ」
「ぐお」
時計を見たら、五時半だった。七時には、まだ一時間半あった。わたしは、しばらく、無言で立っていた。
「早すぎます」
「早いうちに起きておけば、遅れることはない」
「一時間半も、早いです」
「一時間半、得をしたと思え」
「寝てたほうが、得だったな〜」
古竜さんの理屈は、通っていた。通っていたけど、五時半に、ど、ドラゴンロア? で起こされる理由には、なっていなかった。古竜さんは、わたしの抗議には、もう興味がなさそうで、竜咆を一発やって、満足したらしかった。
わたしは、もう一度寝ることにする。布団に戻って、目を閉じた。完全に覚めた目は、なかなか閉じてくれなかった。
うとうとしかけて、ふと、気配がして、薄目を開けた。
古竜さんが、押入れから出て、畳の上にいた。わたしの、布団のはしっこに、小さくうずくまって、尻尾を体に巻きつけていた。ねぐらの外で見るのは、初めてだった。竜咆で疲れたのか、もう、すうすう寝息を立てていた。
起こすほうが、先に寝ていた。
わたしは、薄目のまま、しばらく見ていた。畳の上の古竜さんは、押入れの中にいるときより、ほんの少しだけ、小さく見えた。
もう一時間、眠れそうだった。
わたしは布団のはしを、古竜さんに、すこしだけあげることにした。




