# 第4話 古竜さん、麦茶を全部飲む(ごくごく)
冷蔵庫を開けたら、麦茶のポットが、空だった。
昨日の夜、満タンにして入れておいたはずだった。一リットルの、でかいやつ。それが、朝には空っぽになっている。底に、ほんのちょっとだけ、麦色の水たまりが残っていた。
心当たりは、相変わらず、一つしかなかった。
「古竜さん」
押入れの襖を開けると、古竜さんは、ねぐらの奥で寝そべっていた。お腹のあたりが、いつもより、ちょっとふくらんでいる気がした。
「飲みました?」
「飲んだ」
あっさり認めた。隠す気はないらしい。隠し事をしないのは、まあ、いいことである。
「一リットルあったんですけど」
「うまかった」
「全部ですか」
「全部だ。あれは良い水であった。香ばしく、それでいて、ほのかに甘い。我が天を統べていた頃の、雨雲の味を思い出した」
「麦茶です」
「うむ。雨雲の味だ」
「雨雲って、どんな味なんですか」
「麦茶の味だ」
「さっきと、逆になってますけど」
「ふむ。つまり、同じということだ」
うまく言いくるめられた気がした。雨雲を飲んだことはないので、本当かどうかは分からなかった。でも、古竜さんは、わりと本気の顔で言っていた。三千年生きていると、麦茶が雨雲になるのかもしれない。
「あのですね。あれ、わたしが学校に持っていくぶんも入ってたんですよ」
「そうか。気の毒に」
「他人事ですか」
「我は飲んだだけだ。罪は、麦茶のうまさにある」
「麦茶に、罪は、ないです」
「では、沸かした貴様に、罪がある」
「飲んだ人ですよ、罪があるのは」
「堂々巡りだな。やめておこう」
自分から始めた堂々巡りを、自分でやめた。古竜さんは、満足げに、お腹をさすった。尻尾で、ぽんぽん、と。反省の色は、どこにもなかった。むしろ、いい飲みっぷりを褒めてほしそうな顔をしていた。
わたしは、空のポットを持って、しばらく考えた。怒ってもいいところだった。でも、なんというか、一リットルの麦茶をうまそうに飲み干した古竜さんを前にすると、怒る気が、少し失せた。
「次から、古竜さんのぶんは、別の容器に入れときますね」
「うむ。それがよい」
「それがよい、じゃないんですよ。古竜さんが飲みすぎるからでしょう」
「我のためを思っての処置であろう。感謝する」
「違います」
違ったのだけれど、古竜さんは、もう感謝モードに入っていた。ねぐらの奥で、宝の山に頭を載せて、ふう、と満ち足りたため息をついた。麦茶一リットルぶんの、しあわせそうな顔だった。
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その夜、わたしは、新しい麦茶を沸かした。一リットル。それと、古竜さんのぶんは、別の小さなボトルに、入れておいた。
次の朝、ポットは、また空だった。小さいボトルのほうは、手つかずで残っていた。
「ちゃんと分けたのに」
「分けたぶんは、飲まなかったであろう」
「ポットは飲んだじゃないですか」
「ポットは、共用だ」
共用なのは、そうだけど、天を統べる古竜さんは、ポットも統べてしまったので、やめておいた。
とりあえず、麦茶は、毎晩二リットル沸かすことにした。
一リットルは古竜さんの雨雲で、一リットルはわたしの麦茶。
そういうことに、しておこう。




