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# 第2話 今日の力は「竜鱗障壁」だった(洗濯物が濡れない)


 朝、洗濯物を干していたら、空が怪しくなってきた。


 天気予報は晴れだった。でも、灰色の雲が、ベランダのほうへゆっくり寄ってきている。わたしは干したばかりのシャツを見て、それから空を見て、迷った。取り込むか、賭けるか。


「案ずるな」


 押入れから声がした。古竜さんが、襖の隙間から顔を出していた。寝起きで、角の片方に寝癖みたいなものがついていた。


「今日の力を授けよう。これは雨の朝にこそふさわしい」


 古竜さんは、ベランダまで歩いてきて、ふんぞり返った。小さい。膝のあたりまでしかない。ふんぞり返っても、あまり迫力はなかった。


「我が守りの加護。名を――『竜鱗障壁ドラゴンスケイル・ウォール』。古竜の鱗は、いかなる天災も通さぬ。雷も、嵐も、降りそそぐ火の雨も、この鱗の前では無力。貴様の領域を、天の災いから完全に隔離する!」


「火の雨は降らないよね」


「比喩である」


「雷も、めったに、このへんにはね」


「比喩である」


「嵐も、今日は」


「すべて、比喩である」


 比喩の幅が、やたらと広い。要するに、雨も防げる、ということらしかった。


 古竜さんが、尻尾の先をくるんと振った。すると、ベランダの上に、うっすらと膜のようなものが張った。シャボン玉の表面みたいに、虹色がちらちらして、きれいだった。


 そのあと、天気予報とは違って、本当に雨が、けっこう強い雨が降ってきた。


「す、すごい」


 ベランダのわたしの洗濯物は、濡れなかった。雨は膜の上をすべって、ベランダの外側に落ちていった。シャツも、タオルも、靴下も、乾いたままだった。


「古竜さん……!」


「ク、ッフハ。古竜の鱗の前では、天もひれ伏す」


「ほんとに便利。これ毎日やってほしい」


「毎日は無理だ」


「なんで」


「眠い」


「眠いと、出ないんですか、鱗」


「竜鱗障壁、は出る。我が、起きていられぬ」


 眠いらしかった。古竜さんは、大あくびをして、襖の縁にもたれた。あくびの拍子に、角が、こつん、と襖に当たった。穴は開けてくれるなよ。本人は、気にしていないようだった。膜のほうは、まだ虹色にちらちらしていた。


「だいたい、これは特別な力である。雨を防ぐためのものではない」


「でも雨、防いでますね」


「天の災いを防いでおる。雨は、結果だ」


「結果がいちばん役に立ってるなぁ〜」


 古竜さんは、ふん、と鼻を鳴らして、それには答えなかった。尻尾の先が、ぱたん、と一回、畳を打った。


「とにかく我は眠い。あとは貴様で勝手にやれ」


「やれって、洗濯物ですか」


「うむ」


「天を統べた古竜さんは、洗濯物、統べてくれないんですね」


「洗濯物は、貴様にくれてやる」


 洗濯物を、もらってしまった。古竜さんは、それだけ言うと、もう押入れのほうへ戻っていった。膜は、夕方には消えていた。


---


 夜、乾いた洗濯物をたたみながら、わたしは思った。世界を滅ぼせるとか、天を統べたとか、いろいろ言うけれど、古竜さんがやってくれたのは、洗濯物を濡らさなかったことだけだ。


 明日は晴れるといい。晴れたら、古竜さんは寝ているかな。たたんだ靴下を、一足、わざと押入れの前に置いてやった。朝には、たぶん、古竜さんに統べられている。


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