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# 第1話 押入れにドラゴンが棲んでいた(ドラ娘のドラってなに)


 衣替えのつもりで押入れを開けたら、女の子が座っていた。


 冬物をしまった衣装ケースの上に、ちょこんと。


 頭から小さな角が二本。背中に、たためるくらいの翼。膝の横で、緑がかった尻尾の先がくるんと丸まっている。ドラ娘だ。わたしの無くしたはずの靴下が、片方だけ、その膝の下に敷かれていた。


「あ」


 とりあえず、それだけ言った。


 ドラ娘なんて、世界に、この子ひとりだ。テレビで見たことがある。角があって尻尾があって、あとはだいたいふつうの女の子。世界にたった一人の存在のはずなのに、街を歩いても誰も振り返らないらしい。なんでなのかは、誰も言わない。みんな、当たり前みたいな顔をしている。


 わたしも、たぶん当たり前みたいな顔をしていた。ただ、自分の押入れにいるのは、さすがに初めてだった。


「あ、ではない」


 ドラ娘が言った。声は意外と低くて、偉そうだった。


「我は古竜。かつて天を統べ、空の高みに巣を構えし者なり。その気になれば、この世界とて滅ぼせる。……が、事情あってねぐらを失い、此処を仮の宿とさせてもらっている」


「はあ」


「はあ、でもない。畏れよ。ひれ伏せとは言わぬが、せめて驚け」


「いや、テレビで見たことあるので」


「テレビ。我を、あの薄い板で見たのか」


「はい」


「……まあよい。とにかく我は古竜だ。そこらのドラ娘とは格が違う」


「ドラ娘、あなた一人しかいないのでは」


「だから格が違うと言っている」


「はあ。で、それ」


 膝の下の靴下を指さした。


「わたしの靴下」


「これは宝だ。良い手触りであった。ねぐらには宝を集める。古竜の習性である」


「片方だけ集められても困るんですけど」


「もう片方は知らぬ」


 知らぬらしい。


 わたしは正座をした。なんとなく、座って向き合うべき気がした。古竜も、衣装ケースの上で姿勢を正した。翼を一度たたんで、尻尾を膝の前にそろえた。意外と、行儀がよい。


「宿にするならとりあえず、名前。なんて呼べばいいんですか」


 そう聞いたら、古竜は、ふっと笑った。なにか、ものすごく深いことを聞かれた、みたいな顔。


「我が真の名か。……ならぬ。竜の真名は、それを知る者に魂を縛られる。気安く明かせるものではない」


「じゃあ、呼び名だけでも」


「だから言っている。我は古竜だ」


「いや、それ種類というか」


「古竜と呼べ」


「えっと、もうちょっと、こう、普段呼びやすいやつ」


「古竜と呼べ」


 譲らなかった。


 わたしはしばらく考えて、いくつか案を出してみた。桃色だからモモちゃん、とか、ドラゴンのドラちゃん、とか。全部、却下された。角に触れようとしたら、心外だという顔で翼を膨らませた。


「よいか。我は天を統べた古竜である。モモではない。ドラでもない。古竜だ。古き、竜。それ以外の呼称は、我が三千年の格を損なう」


「三千年」


「うむ」


「わかりました。古竜さん」


「うむ」


 うむ、じゃないんだよな、と思ったけれど、本人がそれでいいなら、それでいいことにした。世界に一人しかいないドラ娘が、自分のことを古竜と呼べと言うのなら、それが一番正しい呼び方なのだ。たぶん。


「とはいえ、ただ世話になるつもりはない」


 古竜さんが、すっと手を上げた。指の先に、ちいさな火が灯った。線香花火くらいの。


「古竜の力を、貴様に一つ授けよう。これは礼であり、契約の証でもある。受け取るがいい」


 手は人っぽい。


「は、はあ」


「我が炎の加護。名を――『竜炎封陣ドラゴンフレア・シール』。この力ある限り、貴様の領域に火の災いは近づけぬ。天を焼く業火も、世を焦がす炎も、貴様の住まう半径には、指一本触れさせぬ。火より貴様を護る、古き竜の盟約である!」


「おお……」


 ちょっと、すごそうだった。


---


 その日の夜、台所でわたしが鍋を火にかけていたら、いつのまにか、古竜さんがすぐそばに来ていた。匂いにつられたのか、力の効きめを見にきたのか、よく分からなかった。とにかく、流し台に手をかけて、背伸びするみたいに、鍋のほうを見上げていた。


「やば」


 鍋を、うっかり吹きこぼした。火が消えた。ぼっ、と一瞬で。水がかかったわけでもないのに、火だけが、すっと。


 古竜さんが、得意げに言った。


「どうだ。竜炎封陣の力は」


「これ、火事を防ぐっていうか」


「うむ」


「ただのガス止めみたいになってない?」


「結果として、火の災いは防がれたな?」


「まあ、防がれてはいる」


 防がれてはいた。


 わたしは火の消えたコンロを見て、それからかたわらの古竜さんを見た。役目を終えた古竜さんは、もう、ふらふらと押入れのほうへ戻っていくところだった。


---


 食事を終えて部屋に戻ると、古竜さんは靴下の上に乗って、膝を抱えて、丸くなっていた。角の影が、襖にながく伸びている。三千年の格は、押入れの中で、だいぶ小さくたたまれていた。


「おやすみ」と言ったら、


「うむ。よき夢を」と返ってきた。


 とりあえず、忘れないように、押入れの戸は半分だけ開けておいた。


 明日も、たぶん、この押入れには、古竜さんがいる。どんな顔で起きてきて、どんな大仰な力を授けてくるのか。


 古竜さん、お腹すかないのか?


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