救国の騎士と王妃の茶会
首を失った異形の死骸が横たわる一室。静寂を取り戻した室内に、慌ただしい足音が近づいてきた。
「ハァ……ハァ……! 侵入されたぞ! 姫様をお守りしろ!」
「全軍、突入――なっ!?」
破られた扉の前に駆けつけたのは、人間たちの手による騎士団だった。血と汗に塗れ、満身創痍の体を鎧で固めた男たち。その先頭に立つ凛々しい若き騎士団長――アルフレッドは、目の前の光景に思わず言葉を失った。
部屋を埋め尽くしていた魔王軍の精鋭、およそ五十体。そのすべてが、首を綺麗に断ち切られ、誰一人として動く者がない。
そして、その惨劇の中心。血飛沫一滴すら飛んでいない純白のドレスを纏い、豪華な椅子に深く腰掛けたまま優雅に扇を振るう、恐ろしいまでに美しい貴婦人がひとり。
「あら……? 今度は人間の方々ですのね。よもやあなた方も、私に不躾な殺意を向けに来たわけではありませんわね?」
透きとおるような、けれど逆らう者を芯から凍りつかせる静かな声。
「あ……あ……」
アルフレッドの手から、がたりと剣がこぼれ落ちた。
(あり得ない……! 我々が死力を尽くしても突破できなかった魔王軍の別動隊が、一瞬で全滅している……!? 一体どんな高位魔術を使えば、返り血一つ浴びずにこれほどの殺戮を行えるのだ!?)
直感した。目の前にいるのは、ただの貴族の女性ではない。
「お、お助けいただき……感謝いたします! 我らはローゼンベルク王国第三騎士団! 私は団長のアルフレッドと申します! この砦が魔王軍に奇襲され、全滅を覚悟しておりましたが……救国の戦乙女様とお見受けいたします!」
「救国の戦乙女……? いえ、私はただのマリー・アントワネットですわ。それに、助けたわけではありませんの。彼らが私に品のない害意を向けてきたから、当然の報いを与えたまで」
マリーは冷ややかな瞳で騎士たちを見つめ、脳内で自らの能力を冷静に再確認する。
(やはり、私の感知に引っかからない者――私に敵意や殺意を持たない者に対しては、能力が自動的に危害を加えることはありませんわね。意志を持って発動範囲を制限することも容易……扱いやすい力ですこと)
能力の確かな制御に納得したマリーは、パタリと扇を閉じた。
「アルフレッドとおっしゃいましたわね? 騎士ならば、王妃たる私の前で剣を散らかしたままにするのは感心しませんわ。それと……見ればずいぶんと荒れ果てた館ですけれど、どこかに温かい紅茶と甘いお菓子を楽しめる場所はありませんの?」
「えっ……あ、はい! 要塞の本陣であれば、無事な応接室と物資がございます! すぐにご案内いたします!」
「よろしいわ。案内しなさい」
優雅に立ち上がり、ドレスの裾を軽く持ち上げて歩き出すマリー。
騎士たちは畏怖と絶賛の入り混じった眼差しで道を空け、ただただその背中に平伏した。
「マリー様……マリー様万歳!」
「神が遣わされた勝利の女神だ……!」
熱狂する騎士たちの声を背に受けながら、マリーはほんの少しだけ口元を歪めた。
(熱狂し、崇め奉る人々……嫌なデジャブですわね。もしこの者たちが一転して私に悪意を向けたとしても――そのときは、あの怪物たちと同じように首を撥ね飛ばすだけですけれど)
確かな力を手中に入れた悲劇の王妃は、二度と誰の思い通りにもならぬと心に決め、優雅なお茶会へと足を向けたのだった。




