金色の指揮者《マエストロ》
――指揮棒の先端を額に当て、アリアは集中する。
正直、自分に何が出来るかは分からない。
さっきまでのは全部まぐれで、元のダメダメな自分は変わらないのかもしれない。
けど、大丈夫――。
――音楽がずっと傍に居てくれてるからッ!
「やぁあああ!!!」
目を開けたアリアは、ヌルに向かって渾身の思いで指揮棒を振るう。
アリアの思いに応えるように、指揮棒は更に輝きを増す。
その光は先端へと集中していき、形を変えてヌルへと放たれた。
放ったソレは、五線譜だった。
ヌルのものとは違い、光を帯びた一直線の五線譜。
五線譜の中には黄金色の音符が連なった美しいメロディーライン。
流星のように光の尾を引いて、そのメロディーを奏でながらヌルへと突き刺さる。
ノイズ音が呻き、波のある不協和音が鳴る。
ヌルの身体に僅かながら亀裂が入った。
「よし……! 効いてる!」
ヌルの様子に、確かな手応えを感じるアリア。
アリアは再び指揮棒を高く掲げ、下へ振り下ろす。
振り下ろした指揮棒を右へ。
弧を描くように左へ。
突き出すように前へ。
心の中で流れるメロディーに合わせて。
魂が奏でる旋律に任せて。
――振る。
――振る!
――振るッ!!
アリアが指揮した五線譜は次々とヌルに直撃。
黒い身体に走っていた亀裂が、更に大きく広がる。
ノイズ音が激しく揺れた。
「やった……!」
確かな手応えは勝利の確信へと変わり、アリアの顔に希望の笑顔が浮かぶ。
勇気を振り絞って立ち向かった。
才能が無い自分が勝利という結果を得られた。
何より、音楽と共に自分の運命を覆すことが出来たのがアリアにとって何よりも嬉しかった――。
――しかし。
「きゃっ!!」
唐突な出来事に、アリアは思わず耳を塞いだ。
それは、ヌルが上げた絶叫にも等しい咆哮だった。
急激にギターアンプのツマミを捻ったような、歪んだノイズ音が灰色の世界に反響する。
到底聴いていられない音にアリアは瞳をギュッと瞑る。
そして次に目を開けた時、アリアの顔から希望が消えた。
ヌルの身体に出来た亀裂から、黒い腕が生えてきた。
一本、また一本と勢い良く不規則な角度で腕が飛び出してくる。
それだけではない。
腕からまた腕が生えてきていた。
まるで、樹木の枝分かれのように。
まるで、細胞分裂するかのように。
黒い腕が生える。
歪な腕が生える。
絶望の腕が生える――。
――そして。
「そんな……!」
目の前の光景に、アリアは思わず絶句する。
灰色の世界は黒に包まれてしまった。
アリアを絶望の淵に落とすかのように。
アリアに立ち塞がる運命のように。
無数数多の黒い腕が、世界を覆い尽くしていたのであった。




