才能無きアリア
――アリア、君は【旋律の運命】を背負ってしまった。
翌日、授業中のアリアの頭はこの言葉で一杯になっていた。
結局あの後、会長は詳しいことを言わないで去っていった。
旋律の運命とは何なのか。
数多の悲劇って何が起きるのか。
そして、オルガン塔から聴こえてきた、あの優しい旋律は何だったのか――。
「――アリアさん。先程から上の空だけど、授業はちゃんと聞いているのかしら?」
教壇から聞こえてきた声に、アリアの肩がびくりと跳ねる。
黒板の前で眼鏡をクイっと上げ、楽典の先生が睨みを利かせていた。
「は、はいぃっ!! そりゃあ勿論バッチリ聴いてましたよ!!」
えへへ、と笑って誤魔化そうとするアリア。
しかし、先生の鋭い眼光は許してくれない。
「へぇ……。なら、この問題も当然分かるわよね?」
「へっ? うぇっ!?」
不敵に眼鏡を光らせながら、先生はチョークを手に持つ。
コツ、コツ、と子気味の良い音がなる中、黒板に描かれたのは綺麗な五線譜と音符。
そして音符の下には『<』という音楽記号が付け加えられた。
「では、アリアさん。この記号の名称と意味を答えなさい」
「は、はぃ……えっと……」
制服の袖をもじもじさせながら、アリアは必死に頭を振り絞る。
しかし、音楽は大好きだが、座学は大の苦手であるアリアが幾ら頭を振り絞ろうと答えられる筈が無かった。
(ど、どうしよう……。全然分かんないよぉ……!)
時計が規則的に時間を刻む音。
先生やクラスメイトの視線
痛い程の沈黙。
それらがアリアに襲いかかる。
嫌な汗が滲み、まだ幼さが残るアリアの顔を伝って雫がこぼれる。
そんな雫が机に落ちて跳ねた時だった。
――君は【旋律の運命】を背負ってしまった。
アリアの頭には再びあの言葉が過ぎった。
(……もしかして、会長が言ってた運命ってこれの事!?)
再び過った会長の言葉は、アリアにとって天啓の声であった。
早速、音符の缶バッチが沢山付いている鞄の中を探し、黒革ケースを取り出す。
――そして。
「アリアさん……? 貴方、何をしているの?」
楽典の先生が訝しめな表情でアリアを見つめる。
アリアは指揮棒を手に取り、その先端をおでこに当てて考え込んでいた。
(思い出せ私……! 確か記号の名前はクレなんとかで、意味は多分、記号の形がヒントになってる筈……!)
クレなんとか、そして二等辺三角形のような形の記号……。念じるように目をギュッと瞑り、アリアは答えを模索する。
そんな様子を先生のみならず、クラスメイト全員が見つめる。
オーケストラの指揮者が指揮棒を高く掲げ、振り下ろす瞬間を皆が待っている……。そんな緊張感が教室に広まった。
(クレ……。三角の形……。分かった! 私の運命の答え……!!)
パッと目を見開いたアリアは、黒板の難問に指揮棒を突き出す。
――果たして、彼女が導き出した答えとは。
「――完っ璧に分かりました! 記号の名前は『クレープ』で、意味は『クレープみたいに甘くて美味しい感じに』ですっ!!」
ダーンッ!! っと鍵盤を思い切り叩いたような衝撃が駆け抜ける。
指揮棒を掲げたまま、得意げな顔をするアリア。先生は口をポカンと小さく開けている。
「…………アリアさん」
しかし、それも束の間。正常に戻った先生はがっくりと肩を落とし、深いため息を吐く。
「不正解です」
「…………ふぇ?」
ばっさりと切り捨てる先生の言葉にアリアの得意げな顔が崩れる。
「正解は『クレッシェンド』、意味は『だんだん強く』です。アリアさん、スイーツが好きなのは可愛らしいけれど、授業中はスイーツのことでは無く、授業に頭を使って下さいね」
先生の最後の一言に、堪え切れなくなった一人の生徒が噴き出して笑う。
それを皮切りにクラス中は一気に笑いで包まれていった。
「もぉ、アリアちゃんったら面白すぎ! 決め顔でクレープです! だって!!」
「うけるっ! 絶対お腹空いてるだけじゃん!」
「ってか、何で指揮棒持ってるの? 楽譜も読めないのに指揮者になるつもり?」
「え、えっと、その……。あはは……」
クラスメイトの反応に、消え入りそうな声で愛想笑いを浮かべたアリアはそのまま静かに席に座る。
(あうぅ……! またやっちゃったよぉ……!)
指揮棒を引き出しに突っ込み、机に突っ伏すアリア。
先程の自信に満ち溢れていた様子から、今に至るまでの様子はまさしくクレッシェンドの逆――デクレッシェンドであった。




