突撃! 暴走機関車アントニン号!
――エルハーモニア学園は放課後でも音楽で満ち溢れていた。
茜色の空へ向かってトランペットを吹く生徒。
仲睦まじい小鳥のさえずりのようなフルート。
廊下をローファーで歩く靴の音、誰かが口ずさむ鼻歌。
誰かの声が、何かの音が、全て美しい音楽へと昇華されていく。
――そんな中。
「ふぇえええ!!! の、ノゾミさんー!! 止まってくださーい!!!」
大きな瞳をグルグルと回し、金髪お下げを大きく揺らしながらアリアが必死にそう叫んだ。
そう、音楽が溢れるエルハーモニア学園の校内を、特急アントニン号が爆走していたのである。
「ぬっはっはっは!! アントニン号はノンストップ急行じゃ!! このまま全力疾走で生徒会室まで突っ走るぞ!!」
「ひぃい……! もう足が限界なのにぃ! 誰か助けてぇええ!!」
アリアの絶叫を他所に赤髪を靡かせ、高々と笑いながら走るノゾミ。
電車ごっこをしながら廊下を駆け続ける二人の姿に、先程までの美しい音楽がざわつく。
そんなものを気にせず、マイペースに……否、ハイペースに進み続けるノゾミと付き合わされているアリア。
そんな二人を乗せた特急アントニン号の前方に、見えてきたのは大きな扉。
扉の上には“生徒会室”という看板が確かに掲げられていた。
「見えたぞ! あれが終点、生徒会室じゃっ!!」
ノゾミの声を聞いたアリアは心の中でホッと胸をなでおろす。
もう身体はヘロヘロで足もパンパン。
後もう少しの辛抱で、この暴走機関車から下車することが出来るからだ。
段々と迫る生徒会室の扉。
厳格な佇まいをしているため、普段は近くを通るだけでも緊張してしまうが今は違う。
まるでその扉の先は一面お花畑の楽園に繋がっていそうな、そんな感覚にさえ陥ってしまう。
そんな扉へ段々と迫っていく。
段々と。
――段々と。
――段々と、その扉へ迫っていく。
「ってノゾミさん!! なんで止まってくれないんすかぁっ!!!」
もうすぐ生徒会室へたどり着くというにも関わらず、ノゾミは足を止めない。
寧ろ壮大なフィナーレへ向かっていくかのように、徐々に加速しているようにも感じ取れた。
「馬鹿者ッ! 目的地目前で何故止まる必要があるというのじゃっ!? このまま扉を強行突破して生徒会室へ突っ込むぞ!!」
「な、なんでぇ!! なんで突っ込む必要があるんですかぁ!?」
「それは勿論決まっておろう!! ド派手に突っ込んだ方が楽しいからじゃああああ!! ひゃっほぉおおおお!!!!」
「ひぇえええ!!! とまってぇえええ!!!!!」
ハイテンションになってしまい、心身共に暴走機関車と化してしまったノゾミは一歩一歩廊下を強く蹴り上げグングンと加速していく。
生徒会室の扉は巨壁のように立ち塞がっており、アリアはただ大きな声と大粒の涙を浮かべる事しか出来ない。
――そして。
「往くぞッ!!! 生徒会室へ突撃じゃあああああああ!!!!!!」
「きゃああああっ!!!」
――ドガシャアアアアアンッ!!!
生徒会室の絨毯は、とても綺麗でふかふかだった。
枕や掛布団が無くてもぐっすりと寝られそうである。
カーテンで遮られ、程よくなった西日。
それに仄かに香る焼き菓子の匂いが眠気を誘ってきて……。
……本当に、このまま寝てしまいそうで――。
「――うん? 私はどうなって……?」
夢現ながらもアリアは横目で状況を確認する。
アリアの隣では目を回しながらも満足げな表情を浮かべるノゾミと、生徒会室の扉が横たわっている。
「あうぅ……! 大変なことになっちゃったよぅ……!」
アリアは徐に上半身を起こし、ノゾミの元へ這っていく。
「ノゾミさん、大丈夫ですかぁ……?」
未だに起き上がらないノゾミを心配して、アリアは肩を揺すろうと手を伸ばす。
――その時だった。
「――大丈夫、ノゾミはそのままにしていていいよ」
「ひゃうっ!?」
突如聞こえてきたその声に、アリアは身体をビクつかせる。
恐る恐る視線を向けると、生徒会長であるヴァルが立っていた。
――立っていたのだが。
「…………あの、ヴァル会長?」
アリアはそのままの体勢で、不思議そうにヴァルを見つめる。
そこに立っていたのは、いつもの凛々しい制服姿の会長ではなかった。
短くキッチリと分けられたセンターパートをまとめた白い三角巾。
天使の羽のようなフリルがついたエプロンに、大きなミトン。
「お疲れ様、アリア。今丁度焼きあがったところなんだ」
手に持っている皿を机に置いたヴァルは、優しい笑みを浮かべながら大きなミトンを外してアリアへと手を差し伸べる。
お皿の上にはホカホカの湯気と甘い小麦の匂いが立ち込める音符型のクッキーが鎮座していたのであった。




