宣告
長閑な風が一つ、アリアのお下げを靡かせる。
何処までも広がる青い空。
穏やかで心地の良い太陽。
アリア達は現実世界へと帰ってこれたのだ。
――しかし。
「…………」
現実世界に戻ってきてもアリアは何も言うことが出来ず、黙って座り込んだままだった。
対するレイラも何も言わず、氷のように冷たい眼差しでアリアを見下ろすだけである。
張り詰めた弦のような重苦しい緊張感が二人の間に漂っていた。
「あ、あのっ!!」
そんな中、スカートの裾をキュっと掴んで意を決したアリアが立ち上がった。
「助けてくれてありがとう……! レイラちゃんが来てくれなかったら私――」
「――礼なんかいらないわ」
「え……?」
「私はただ、ミューゼとして当然の事をしただけよ……。貴方とは違って」
そう言ってレイラはアリアの鞄や筆記具が置いてあるテラス席へ向かい、力無く置かれたアリアの指揮棒を握り戻ってくる。
アリアは狼狽えてしまい、何も言えずにレイラの行動を目で追いかけることしか出来ない。
そんなアリアの手を取って、レイラは指揮棒をしっかりと握らせる。
丁寧に指を畳ませて。
逃げないように、しっかりと手を包み込んで。
そして――。
「――アリアさん。この指揮棒、ヴァル会長に返してきなさい」
レイラが放ったあまりにも非情過ぎる言葉は確実にアリアの心を貫いた。
心が、心臓が金切り声を上げているかのように痛む。
手と同様、心臓もレイラに掴まれ握りしめられているかのような、そんな感覚に襲ってきた。
「……で、でもコレが無いとミューゼになれなくて。それは凄く困るというか」
「ならなくて良いじゃない。ミューゼにならない方が貴方の身のためよ」
「…………でも私だってミューゼとしてヌルと戦ったんだよ? 頑張ってやっつけて、ヴァル会長にも褒めて貰って」
「たまたま偶然で勝てただけでしょう? アリアさんは私のようにミューゼの能力を完璧に扱えるのかしら?」
「………………音楽が、私のことを選んでくれたんだもん。自分の運命を変えられるようにって、オルガン塔の旋律が私のことをミューゼに選んでくれたんだもんっ!!」
大粒の涙を目に浮かべ、鼻を真っ赤にしながらアリアは叫んだ。
丸めた紙のように感情がグシャグシャで、自分がどんな事を言ったのかすら分からなくなってくる。
ただ、それでもアリアは叫んだ。
大好きな音楽がしてくれたことを否定された気がして。
それがとても嫌だった。
「――アリアさん」
そんなアリアの溢れ出て来た感情は、レイラの一言で凍てつくされる。
アリアを握っていた手が僅かに震え、段々と力が込められていく。
アリアを見つめる視線が、より一層鋭く研ぎ澄まされていく。
氷のように冷たかった瞳の中に、憎悪と敵意の蒼い炎が静かに燃え上がっていく。
そして――。
「勘違いしないで。音楽に選ばれたのは貴方じゃない――」
「――私よ」
見つめ合う二人の間をすり抜けて、長閑な風が芝生を撫でる。
その風に連れてこられたように、遠くの方で予鈴の鐘が鳴った。
鐘の音に気が付いたレイラは溜め息交じりにゆっくりと息を吐く。
青い炎はソレに吹き消されていき、レイラの表情は何時も通りの完璧な才女へと戻っていった。
「……先に行くわ。また教室で会いましょう」
アリアから手を離し、レイラは一瞥もせずに校舎へ歩く。
アリアは指揮棒を握りしめ立っていた。
白鳥の背中が見えなくなっても、アヒルは茫然と立ち尽くすことしか出来なかったのだった。




