白銀の舞踏家《プリマドンナ》
――灰色の世界で一つの白銀が光り輝く。
指揮棒を構え、光に包まれた一人の女の子。
そんな光景を目の前に、アリアの鼓動が嫌なほど高鳴り始める。
何故なら、この光景にあまりにも覚えがあったから。
ヌルに立ち向かう為、指揮棒を構え光に包まれる――。
――その姿は、まさに。
「――レイラちゃんも、ミューゼなの……?」
アリアがそう言った時、白銀の光は粉雪のように離散していく。
キラキラと輝き舞い落ちる白銀の光。
そして、その中央では一羽の白鳥が佇んでいた。
一切の穢れが無い、純白のチュチュ。
白鳥の羽が幾重にも重なって出来ているスカート。
頭の上には彼女の完璧さを象徴するような、冠が鎮座している。
決して触れることが出来ない。
謁見することさえ許されない。
そんなことさえ思ってしまう程、ミューゼへと変身したレイラは美しかったのだ。
そして――。
「――始めましょう。私の舞踏を」
そう言って、レイラは持っていた指揮棒を軽く振るう。
指揮棒が白銀色に輝き始め、地面にはレイラを中心とした白銀に光るサークルが発生した。
光り輝くステージの中央で、レイラは再び構え直す。
無音の世界は更なる沈黙に包まれ、アリアも、ヌルでさえもレイラの動向に息を潜めてしまっていた。
そして、その沈黙は一つの音で破られた。
一つ、また一つと増えていく音。
上品にドアをノックしているかのようなコツコツという音。
――レイラのトゥーシューズがステージの床を叩いている音だった。
「…………レイラちゃん、踊ってる」
目の前で起きている出来事が理解出来ず、アリアの口からそんな言葉が漏れる。
究極美の衣装に身を包み、優雅に踊るレイラ。
レイラが腕を広げる動作に合わせて指揮棒が淡く光り、レイラの軌跡に白銀の五線譜が生まれる。
「ギィイイイ!!」
ヌルが咆哮を上げて、レイラへ向けて黒い五線譜を放った。
「レイラちゃん、危ない!!」
襲い掛かる黒い五線譜に思わずアリアが叫んだ。
しかし、レイラは躱そうとしなかった。
一瞥すらもしなかったのであった。
「レイラちゃん!!!」
アリアの叫びと同時に黒い五線譜がレイラに着弾。
激しい衝撃波と歪な音符が爆散した。
アリアは急いで駆け出し、レイラが作った白銀のサークルへと一歩足を踏み入れる。
その瞬間――。
「――きゃあっ!!」
アリアの足元目掛けて何かが鋭く飛んできた。
バランスが崩れて尻餅をついたアリアは、そのままの体勢で飛んできた物を確認する。
ソレは一枚の羽だった。
白い羽の形をした音符だったのだ。
「――私のステージに上がって来ないで。邪魔よ」
そして音符以上に鋭い言葉がアリアへ投げつけられる。
土煙が晴れた先で、レイラが静止しながらアリアを見下ろしていた。
レイラの周りには羽の音符が幾枚も取り囲んでおり、ソレらがヌルの攻撃を防いだのだ。
そして、レイラは腕をゆっくり広げて指揮棒を高く掲げる。
それを合図に周りを取り囲んでいた音符が一斉に宙へと舞い、編成を組んだ渡り鳥のように横一列に並び始めた。
「喰らいなさい。私の踊りを邪魔した罰よ」
レイラが指揮棒を前方に倒すと、音符が次々とヌルへ向かって放たれていく。
一射一撃、鋭く飛んでいく音符はヌルの身体を次々と削っていった。
「ギィイイイ……!!」
レイラの攻撃にヌルは悲痛なノイズ音を上げながらも、削られた箇所から発生している黒い霧で身体を再構築させていく。
悲痛で歪んだノイズ音。
どんどんと不気味に、歪に肥大化していくヌル。
醜くおぞましい光景が広がっていく中、それでもレイラは踊りを続けていた。
レイラがステップを踏むたびに、トゥーシューズが鳴るたびに白い羽の音符が次々と生まれていく。
気が付けば幾万の羽の渦がレイラの頭上を滞空していた。
そして演技は終盤を向かえる。
レイラは助走をつけるように細かい跳躍を繰り返しアリアの元へ向かう。
未だに惚けて起き上がれないアリア。
そんなアリアの目の前で、一瞬溜めを作った後に。
――レイラは宙へと羽ばたいた。
そして――。
「――白鳥の羽ばたき」
レイラが地面へ着地した瞬間、幾万の羽がヌルへと降り注ぐ。
容赦微塵のない攻撃は肥大化したヌルの身体は次々と引き裂き、光の音符へと昇華させていく。
心が内側から張り裂けるような程の悲惨な断末魔。
豪雨のように降り注ぐ羽の音符の音。
そんな音の中で、レイラは滴るまつ毛を伏せ静止していた。
髪も呼吸も乱れていない、何事もなかったかのように佇んでいたのだ。
アリアは何も言わなかった。
何も言えなかった。
目の前で佇む白鳥は、それ程までに残酷で美しかったのであった。




