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バイオレット・ヴェンデッタ 殺意と色と人情の復讐旅  作者: 長谷川昏
4.三人目の男、エイデン・タウンゼント
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3.二人の男 その1

 朝日が周囲を照らす前に少女達の家を出たイングヴァルは、小さな町に辿り着いていた。

 町の名はサルマ。 


 乾いた砂埃が舞う町の中心通りには古びた家が並び、干し肉や雑貨を扱う店などがその合間にぽつりぽつりと建っている。

 少女達の家を出たのは夜が明ける前だったが、見上げれば太陽はもう真上に昇ろうとしている。

 町までの距離はそれほど遠くなかったが途中の森で方向を見誤り、思うより時間がかかってしまっていた。


 周囲を見回すが、昼日中だというのに通りに人の姿はほとんどない。 

 恐らく町の中心地となる場所であるはずだが、どこもかしこも寂れて見える。

 時折すれ違う人達の顔にも覇気がない。

 しかし町を牽引する産業もなく、特段用もなければ誰もが通り過ぎるだけの片田舎の小さな町はどこもこんな感じだった。


 通りを歩き進めると、しばらくして教会と思しき建物が見えてきた。

 決して立派とは言えない建物だが、住人達に大事にされている気配はある。


 近くまで歩み寄れば、中から声が聞こえてくる。

 静かに扉を開けると二十人ほどの人々が、前方の席に整然と着いていた。


 屋内は薄暗かったが、蝋燭の炎に照らされた簡素な祭壇の前に一人の男が立っている。

 イングヴァルは足音を立てずに室内に歩み入ると、無人の最後列の席に腰を下ろした。

 

 祭壇の前で語り続ける男の言葉に、町の人々は一心に耳を傾けている。

 彼らの姿を眺めていると、三列目の席に見覚えある少女達がいることに気づく。


 デイジーとリリー。彼女達も他の人達と同じく、男の話に聞き入っていた。

 前方から今も響く男の話にイングヴァルも耳を傾けた。


「どれほど願っても叶わないことは、この世に多くある。この過酷な地でそれはより常套化している。しかし私を含め、皆この地で生きてゆかねばならない。数多の逆境と戦い、抗い続ける日々を送り続けなければならない。それらを放棄すれば自身だけでなく、自らの愛する家族にまでその不幸は波及する。脱落すればそこにあるのは死のみだ。けれど人は常に強くはいられない。泣き咽び、絶望から抜け出せない日もあるだろう。立ち竦み、動けない日もあるだろう。だが〝彼〟はあなた達を見ている。あなた達の行動一つ一つを見ている。額に汗して働く時も、絶望に足を止める時も、あなた達を見守り続けている。だから時に立ち止まることはあっても、澱みの中に足を踏み入れたまま立ち竦んでいてはいけない。そうなることを誰も望んではいない。それは〝彼〟も同じなのだ」


 イングヴァルは滔々と人々に語りかける男の姿を見ていた。


『サルマって小さな町でなにやら高尚な職に就いてるらしい』

『あの殺しを請け負ったのは俺とゴートって奴と、エイデン・タウンゼントって男だ』

 死んだ男はそう言った。

 

 祭壇の前に立つ男は五十代半ば過ぎ、タイはしていないが、質のいい黒の上下を着ている。

 髪には白いものも混じり始めているが、長身の体格も含め、そこに老いて枯れた気配はない。 


 男のその横顔には覚えがあった。

 あの男が三人目の男、エイデン・タウンゼントであるのは間違いなかった。

 町の人々になにやら高尚な言葉で説いているのは、復讐を果たすべき男だった。


「ヤネン……?」


 しかしその呟きが思わず漏れた。

 視界の先にもう一人、イングヴァルは覚えのある顔を捉えていた。


 体格のいいその若い男は黒髪の少女、リリーの隣に座っている。


 全ての不幸の元凶となったあの一晩だけの仕事。

 その口添えをしたのが、昔の仲間でもあるヤネンという男だった。

 だが彼はあの夜に自分よりも先に殺されたはずだ。

 今も生きて、こんな遠く離れた片田舎の町にいるはずはない。


 でも覚えのある相貌、右腕の袖から僅かに見えるタトゥー。

 その顔も、ギャングであることを示すあのタトゥーも、見間違える訳がなかった。

 少女と並んで座る男は自分が知る男(ヤネン)で間違いなかった。


「……あいつ……」


 イングヴァルは呟くと、爪が剥がれ落ちそうなほど強く椅子の背を握りしめていた。


 全てをヤネン一人に押しつけるつもりは、無論なかった。


 だが自分は死んだにもかかわらず、あの男はこうして生きている。

 自分は家族を殺され、全てを失ったというのに、奴は今もこの場所でのうのうと生きている。


「ではまた来週」


 男の説教が終わり、人々が帰り支度を始めていた。

 自分が追うべき男(エイデン)も、教会の奥へと引き上げようとしている。

 しかしイングヴァルはその姿を追うことはせず、他の人達より先に外に出ると教会入り口傍の茂みに身を隠した。 


 復讐を果たすべき相手の居場所を知った今、急ぐ必要はなかった。


 帰宅の途を辿る人々が、教会の建物からぞろぞろと出てくる。

 各々散っていく彼らのその最後尾にデイジーとリリー、ヤネンの姿があった。


 教会の外に出た三人は家に帰るでもなく、少しの間立ち話をした後、連れ添ってどこかに向かおうとしている。

 イングヴァルは彼らと距離を取ると、密かにその背後を追った。

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