表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/33

11.決闘、口づけ、別離

「別に連を助けようと思ってしたことじゃない。オレはオレのやることを果たしたまでだ」


 それは今朝、目覚めたキカが言った言葉だった。

 血を多く失ったせいで依然顔色は悪く、声も小さなものだったが言いたいことは伝わっていた。


 キカが来なければ死んでいた。

 彼にそう伝えたが、戻った言葉はそれだった。

 オレはオレのやることを果たした。

 彼にとってその言葉が全てなのだろうと思った。


「僕の超一流の腕で彼の傷は完全に修復したよ。でも今後どうなるかは彼の気力次第だね」


 昨夜の疲労を全く窺わせず、男はそう言った。

 優雅に朝食を摂りながら、既にこの街の医師の元へ少年を移す手はずは整えたと語った。

 その手際のよさには感心と感謝を向けるべきなのは分かっていたが、男の数々の言動を思い返せば素直にそう思うのは難しい。過度な賛辞もなく簡素な礼だけを述べたが、男はそれで満足したようだった。


「だけど傷は修復できても、彼の右腕は以前と同じようには動かせなくなると思う。僕の腕を以てしてもそこまでは治せなかった」


 続いた言葉には、無言で頷くしかなかった。

 少年は自らの意思で、妹の命を奪った相手に復讐を果たした。

 失うものがあったとしても、それが彼の望みだった。

 

 彼がこれからどんな人生を歩んでいくのか、分からない。

 それを見届ける権利も思う権利もないが、彼の今後の人生が自分とは重ならないものであることを望むしかなかった。


 その日の正午、イングヴァルは街外れの小高い丘の上に立っていた。

 この街に思い残すことはなかった。

 目的を果たした流れ者の自分は、また新たな場所に向かうだけだ。


 どこに行き着くか何も分からなかった旅の終着点が、僅かだが見えた気がしていた。

 この先で自分を待ち受けているものは何だろうと思う。

 だがそれが血と汚れた感情に染まったものであることだけは確かだった。


『イングヴァル、()()は扱えるんだろう』

「ああ、一応な」

『この先きっと必要になる。あの男もそう思ったからそれ()を手にした』

 

 見下ろした右手には半蔵の銃がある。

 イングヴァル自身、刀の扱いには慣れてきたと感じているが、その刀の持ち主である連自身がいずれ『必要になる』と言った。

 弾の補充はしなければならないが、使った経験はある。扱うのには困らないはずだった。


 そして(半蔵)が語った殺し屋の最後の一人となるエイデン・タウンゼントの情報。

 その情報に間違いがないのなら、タウンゼントは単なる殺し屋ではなく、殺しの指令を出した男の直属の部下だった。

 この男に接触することができれば、正体不明の雇い主の詳細も明らかになるに違いなかった。


「おーい、れーん」


 遠くからその声が響いた。

 丘の下に目を向ければ、駆け上ってくる男の姿がある。


 気づかれる前に街を出るつもりだったが、間に合わなかった。

 今更慌てて逃げても、結局不毛な追いかけっこの始まりでしかない。

 仕方なくその場に留まって、イングヴァルは男の到着を待った。


「連、君さ、大事なことを忘れてない?」

「そうだったか?」

「そうだったかじゃないよ。あんな約束、僕は何があろうと絶対忘れないからね。こんないい機会は滅多にないんだから」


 男は息も切らさず目の前に立つと、早速約束の履行を催促してくる。

 知らぬ存ぜぬを通して万が一に期待してみたが、無理だった。


『それが何であろうと絶対望みを叶えなくてはならない』

 あの時、男はそう言った。


 その望みが何であるか現時点では分からないが、嫌な予感しかしなかった。

 いつ何時でも発情する男の要求など、碌なものではない。

 こんな遮るものも何もない草っ原であろうが、全く気にせず襲われかねない。

 要求によっては全力で退けなければならない可能性もあるが、とりあえず訊ねることから始めてみた。


「で、お前の望みって何なんだ?」

「あのね、連の方から僕にキスしてほしい」

「キスぅ?!」

「これってさ、僕からじゃなく、君からってところがミソなんだよね。思い出したら眠れなくなるほど濃厚なのを希望するよ。僕の×××がビンビンでギンギンになっちゃうようなキス。ほらほら連、こんな殺風景な場所だけどいつでもどうぞ」

 

 ファブリシオはそう言って目を閉じる。

 想像より多少マシな要求だったようにも思うが、本当に多少か? ともよぎる。


 目の前の相手は間抜け面を晒して、完全に無防備でいる。

 またぶん殴って逃げる案も思い浮かぶが、そうするよりここでケリをつけた方がいい気もしていた。

 眠れないどころか、当分忘れられない悪夢のような出来事になりそうだったが、頑張れば一瞬で済む。

 そう思えば、やれないこともないはずだった。


 イングヴァルは覚悟を決めると相手に顔を近づけた。

 何やってんだと、やっぱりやめとけが交互に来るが、どうにか正気を保つ。


 相手の唇を間近に見て再度決心が揺らいだが、自分で決めたことだと意思を固める。

 息がかかるほど、互いの唇が近づいた。

 その時、不意にファブリシオが目を開けた。


「あ、やっぱりやめた」

「へっ?」

「なんかさぁ、どうにも君は()()()()()()()()()()()気がするんだよね。ずーっとその違和感はあったんだけど、今確信した。だからキスはやめておくよ」

「そ、そうか……」

「だから代わりに僕と戦ってよ。もちろん真剣勝負でね。もし君が勝てば、僕はもう二度と君を追うことはしない。でも僕が勝ったらその時は……分かってるよね?」

 

 キスの取り下げは願ってもなかったが、新たな要求が発生する。

 気づいていたが、今日のファブリシオは(サーベル)を携えている。


 最初からそのつもりだったと今更思うが、連が〝腕が立つ〟と言った相手と、身体の動くままにこの刀を扱う自分とが果たしてまともに戦えるか、分からなかった。


 でも勝てば、連がこの男に追われることはもうなくなる。

 確率は不確定でも、挑まなくてはならない勝負だった。


『イングヴァル、代わる』

「えっ?」


 だがその声が間近で響き、次の瞬間イングヴァルは自分の正面に立つ連の背中を見ていた。

 驚きは隠せなかった。

 昼日中に彼女と入れ替わりをするのは、初めてのことだった。 


「勝負を受けるんだね、連」

「ああ、ファブリシオ」

「うん、()()()()()()()()()()()だね。これで心置きなく戦える」


 ファブリシオの顔から笑みが消えた。

 場に重苦しい空気が舞い降りる。


 男は間合いを取り、連の動向を窺っている。

 連は刀に手を添え、静かに息を吐くと風の流れさえ見逃さない緊迫感で全身を覆う。

 

 ファブリシオが動いた。

 剣を抜き、迅速な動きで連の身体を貫こうとする。

 だがそれよりも速く連が刀を抜いていた。


 勝負は一瞬だった。

 連の刃はファブリシオの喉元に突きつけられている。

 そんな状況にもかかわらず、男の顔には再度の笑みが浮かんでいた。


「やっぱり連には敵わないね」

「ファブリシオ、今のは本気だったか?」

「ふふ。この僕が本気じゃなかったと?」


 刀を収めた連は相手を見返すが、突然その相手の胸元を掴み取った。

 そのまま引き寄せ、唇を重ねる。


 相手の全てを奪い去るようなその口づけは、傍で見ているイングヴァルの身体をも熱くさせるものだった。

 そう感じたのは彼女と唇を重ねる男も同じであるようだった。

 唇が離れても、男はまるで乙女のような切ない瞳で相手を見つめていた。


「ファブリシオ、お前の望みは叶えた。これで貸しも借りもなしだ。約束どおり二度と私を追ってくるな。もし追ってくれば殺す」

「うん、君に殺されるのも悪くないけど、こんな僕だって一応命は惜しい。仕方がないね、約束したもの……それじゃあ最後に旅立つ君に僕からの餞」


「餞?」

「君が捜してるミカエル・グレイは、ここから北に向かったジーラという街にいる。でもこの情報も半月前のものだから今もそこにいるかは分からない。でも今すぐに向かえば見つけられる可能性はある」

「……」

「じゃあこれでさようならだね、連。君を二度と抱けなくなるのは寂しいけど、今の口づけとあの熱い夜を思い出しながら僕は自分を慰さめる行為に日々勤しむとするよ」


 無遠慮で人格に瑕疵の多い男は期待を裏切らない最低の別れの言葉を残して去っていった。

 遠くなる男の背中を見送り、イングヴァルは目前の少女の姿を眺めながら思っていた。


 心の奥に密かに留めていた危惧。

 この復讐の日々は一体いつまで続くのか。

 それは自分が目的を果たすまで続くのか、それともある日ぷっつりと非情にも途絶えてしまうものなのか。

 漠然としていたその怖れはいつしか自分のすぐ傍まで迫っていた。


 彼女が完全に身体を取り戻してしまえば、自分の存在など邪魔なものでしかない。 

 与えられた死の猶予期間。

 それが目的を果たせぬまま終わりを迎えるより、この世から自分が完全に消え去ってしまうことの方が怖ろしかった。


 気づかぬ間にこんなにも生に執着していた自分。

 そんな自分が他の何よりも怖ろしいと、イングヴァルは思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ