第9話 畏怖と伝承と
「お姉様! 街ですよ!!」
「セラフィナ、走ると危ないですわ。気持ちはわかりますが、少々落ち着きなさいな」
禁足地を出てから数日。
イリアスたちは一つの城塞都市にたどり着いた。
入国審査の列には人々が整然と並ぶ。
都市は朱色の城壁に覆われ、緋色のプレートアーマーに身を包んだ騎士が門の警備を行っている。
プレートアーマーには金色で複雑な模様の徽章が描かれ、管理棟と思われる場所には同じ徽章が金糸で刺繍された赤い旗がひらめく。
よく見ると城壁の上にも槍を持った騎士たちが整然と並んでおり、その穂先が陽光を反射して輝いている。
「あの徽章は、インディヴァーエル皇国でしたわね」
「…………………インディヴァーエル皇国」
「えぇ、勇者様が唯一旅をともにした騎士の出身国とされている国ですわね」
駆け出そうとしたセラフィナの足が止まる。
視線を旗から逸らし、地面を見つめる。
――その表情は曇る。
「……お姉様、別の街にしませんか?」
「私は構いませんが、せめて服だけは代えたいですわね。それで良くってセラフィナ?」
「……うん」
セラフィナは自らの服を見る。
所々に破れやほつれが出ており、「ぼろきれ」と言っても差し支えのない状態。
――その身は小さく震えている。
「……セラフィナ。あなた、何か私に隠しているのではなくって?」
「…………」
イリアスの服。
その裾を掴むセラフィナ。
何も語らない。
――よく見ると、爪の下が白くなるほどに力がこもっている。
「まぁいいですわ。あなたが話したくないのでしたら無理に聞かないことにいたしますわ。――ですが、あなたが話したくなった時には必ず話しなさい。これは私との約束ですわよ」
「…………うん。――ごめんなさい」
「さぁ、あなたがあまりこの国にいい印象を持っていないのはわかりましたわ。服を替えたらお暇するといたしましょう」
イリアスは城門に向けて歩き出す。
その後をトボトボとおぼつかない足取りで追いかけるセラフィナ。
イリアスの服を掴んだままのその手。
半ば引きずられるかのように、その後に続く……。
「そこの破れた衣服を着た二人組の女っ! 止まれ!!」
門に続く行列に並ぼうとしたところで、二人組の騎士に槍を交差され歩む道を塞がれる。
「あら、この国は身なりで人を差別するのかしら?」
「これは必要な区別であるっ!! あまりにも我が国に対して無礼ではないかっ!!」
「それは失礼いたしましたわ。見ての通りのこの服ですので、この街には服を買うために寄らせていただきましたの。いけないかしら?」
「帯剣っ!! それだけで罪であるっ!! 知らぬ存ぜぬは通せぬっ!! あの勇者とか言う裏切り者が騎士皇殿下に働いた蛮行っ!!」
騎士が石突きを威嚇するかのように地面に打ち付ける。
セラフィナがその音で体を縮こませた。
イリアスはその頭を優しくなで、騎士に問いかける。
「なにぶん地方都市の出なもので、あまり『源書』には明るくありませんわ。たしか勇者様は騎士皇殿下の前から姿を消した。再び、騎士皇殿下の前に現れたときには魔王討伐を終えていた。でしたかしら?」
「勇者と称される愚者はっ!! 騎士皇殿下を無情にも裏切り、独力にて魔王を討ったっ!! これは魔王討伐の功績を独占するための蛮行であるっ!! 故に、我がインディヴァーエル皇国においては帯剣は許されぬっ!! その象徴を腰に無様にぶら下げたまま我が国に入れると思うなっ!!」
「……埒があきませんね。――いきますわよ、セラフィナ。これ以上話していても無駄でしょう。無用な諍いは避けるに限りますわ」
イリアスはそう言うと、城門を後にする。
セラフィナが心底ホッとした表情を浮かべ、その後を追った。
周囲で野次馬を決め込んでいた人は騎士たちにより、整列させられている。
「……お姉様、ごめんなさい」
「あら? あなたが何を謝ることがあるのかしら、セラフィナ?」
「……インディヴァーエル皇国はどうしても、だめなんです。――どうしても」
「……話していただけて?」
「………………ごめんなさい。まだ、でも、いつか」
「わかりましたわ。私は、そのときをいつまでも待ちますわ」
そのまま二人で歩き続けること数分。
二人はスラム街にたどり着いた。
「あの、お姉様。なんか周りの空気が……」
「こういった大きな城塞都市には、こういう場所は付きものでして。ですが、このようなところほど意外と役に立つものよ。覚えておきなさい」
「……」
すえた臭いに、何かが割れる硬質な音。
怒鳴り声や叫び声。
果てには断末魔のような声すらも聞こえる。
「……インディヴァーエル皇国よりはずっとマシですけど、怖いですお姉様」
「安心しなさい。私が必ずあなたのことは守りますわセラフィナ」
セラフィナは小さくうなずき、イリアスの服を掴む手に力をさらに込めた。
その混沌とした街に二人の言葉は溶けて、消えた。




