第10話 価値と信用と
「……服を買うにもお金が必要ですが、よくよく考えたらお金がありませんわね」
イリアスはセラフィナとスラム街を進む。
その道中で自らの所持金が無いことに思い至る。
何をするにもお金は必要になる。
それを長い禁足地での生活ですっかり失念していた。
「何か売れそうなものは無いんですかお姉様? 確か、ここに来るまでの間にいろいろな薬草で薬を作っていましたよね」
「そうね。だけどアレは性能が良すぎてよ? こんな場所であんなものを売ったら、一瞬で身ぐるみを剥がされてしまいますわよ。――命が助かれば儲けものといったところでしょう」
「……詰んでません?」
それに答えず、イリアスは路地裏にあった廃棄物が入った箱を開く。
中にあった果物の皮を拾い上げ、臭いを嗅いだ後で元に戻した。
「……流石に痛んでいますわね。食べたらお腹を壊してしまいますわ」
「あの、お姉様? これを貰ってゴミを買ってくれるお店に売ったら良いんじゃないですか?」
セラフィナは傍らに置かれていたランプのような魔道具を拾い上げる。
壊れているようだが、造りはかなり良い。
イリアスが顔を上げると、そこは「ジャンクショップ」の裏口のようであった。
おそらく売り物にならない廃棄品を置いてあるのであろう……。
「いいことセラフィナ。胸を張ってお天道様の下を歩きたかったら、合法な手段でお金を稼ぎなさい。――違法な手段は簡単に稼げますが、何か大切なものを失いますわよ」
「……でも、実際にお金がないじゃないですか」
「つまり、合法な手段に変えてしまえば良いのですわ」
そう言うとイリアスは「ジャンクショップ」の表に回り、店主に声をかける。
「すみませんが、この壊れた魔道具をいただくことは出来まして? 見たところ、かなり上等な卓上照明のようにお見受けいたしますわ」
「……屑鉄屋に廃材価格でうっぱらうものだ。そんなもんでも金になんだ。なぜ、見ず知らずの女にやらなきゃならねぇ。――おととい来やがれ」
「あら、ずいぶんとご挨拶な事ですわね」
イリアスは手に持った魔道具を注意深く観察する。
そして照明部分と台座部分の二つに分解した。
「何しやがるっ!!」
「こちらの照明器具。魔力を炎に変換して出力する部分に問題があるようですわ。これを――」
イリアスはそう言いながら、ランプの内側に短剣を差し込む。
削りかすが地面に落ちる。
しばらくしてイリアスは元通りに組み立てた。
「セラフィナ。私は魔力が無いので、あなたがこれに魔力を込めてご覧なさい。ただし、ほんの少しで構わないわ」
「……お姉様が言うなら従いますけど、何の意味があるんですか? 壊れているんですよね」
「きちんと直したので光りますわよ」
セラフィナが魔力を込めると、ランプは弱々しく光る。
その光は次第に強くなり、ジャンクショップの店内を煌々と照らし出した。
店主が目を丸くする。
「……嬢ちゃん、魔道具修理の経験があんのか」
「えぇ。魔力が生まれつき無いので、それに変わる技術として死に物狂いで身につけましたわ」
「――これなら、売れるな」
イリアスの手から店主はランプを受け取り、店頭に並べる。
「嬢ちゃん、おまえ裏にある奴も直せるか? 金なら払う。直せるだけ直してくれ」
「――折角なので少し色をつけていただけると助かりますわ。少々、事情があるもので」
「どうせこんなとこに来るやつは大なり小なり皆、事情持ちだ。別に興味も無い。興味があるとすれば、裏の奴を直して、高く売れるかどうかってとこだけだ」
「私、そういうわかりやすい方は好きですわ」
「気が合うな。こっちもだ」
二人はがっしりと握手を交わす。
「修理に必要なら、裏口から入って右に曲がった部屋を使え。ある程度の道具もそろっているはずだ」
「わかりましたわ。行きますわよセラフィナ。私は魔道具を直すことは出来ても、動作の確認はできませんわ。あなたにそれをお願いいたしますわ」
それから十数分後。
イリアスはいくつかの魔道具を修理したが、いくつかは修理不能で処分となった。
しかし、全て捨てるよりは利益が上がる。
そう言って、店主は笑みを浮かべた。
「そうだ、嬢ちゃんが直したランプだが、速攻売れたぞ。――さすがはお貴族さまたちの放出品だ」
「こんな街でも売れるものなんですね」
「セラフィナ覚えておきなさい。こういう街だからこそ、あるところにはお金があるものよ。――どんな手段で集めているかは知りませんが」
「……まぁ、嬢ちゃんの言うことは間違ってないな。だが、金に綺麗も汚いもねーだろ。金なんてのは信用と価値の保証と後は、価値を計る道具ってだけだろ。後は欲望を可視化することも出来るが」
その店主の言葉をイリアスは首肯し、さらに続ける。
「私はさらに『膨大な時間を使って身につけた技術を評価するもの』とも思っていますわ。何が言いたいかと言いますと、店主さん。お約束のお金はいただけますわね?」
「……嬢ちゃん、さては良いとこの令嬢だろ」
「詮索しないでいただけると助かりますわ」
「……面倒だからやめとくわ。とりあえず今回の報酬だ。――もしお前らが良ければ、明日からも働いてくれねーか」
「良いですわよ。セラフィナ、あなたも良いですわよね?」
セラフィナはうなずき、店主からお金を受け取る。
そして、教えてもらった衣料品店で服を購入し着替える。
イリアスは黒を基調としたゴシック調のドレス。
そこに、白いロングコートを合わせる。
セラフィナは赤を基調としたワンピースにグレーのショールを合わせる。
「さて、食事をして今日は寝るといたしましょうか」
「……あの、お姉様。聞いてもいいですか?」
「何かしらセラフィナ」
「……どこで寝るんですか?」
「……………………………………ぁ」
半年以上、禁足地で野宿をしていたイリアス。
酷いときには衣服を身につけずに寝ていたことすらある。
その生活は「寝るときには寝具や寝間着が必要である」という事を失念させていた。
「……セラフィナ。あのお店に戻るわよっ!!」
店主に必死に頼み込み、住み込みで働く事にしたのであった……。




