第11話 安息と予兆と
「このお肉、脂がのっている割に臭みがありませんわっ!! かなり美味しいですわねっ!!」
「味があるっ!!」
「……いや、この辺だと普通のもんだ。――嬢ちゃんたち、どんな生活してきたんだよ」
夜の帳が落ち、薄暗いランプが中古品を扱う店の台所を照らし出す。
必死になって頼み込み住み込みで働くことにしたは良いが、近隣の飲食店は店じまい。
店主から「残り物しかないが……」と言われて出された簡単な肉の炒め物。
「何しろ、基本的にその辺に生えている草をそのまま食べていましたわ。お肉なんて、月に1度かよくて2度と言ったところでしたもの」
「おいしいよぉ~!!」
「ほら、セラフィナ。口の周りが汚れていてよ? お肉は逃げないのでゆっくりと食べなさい。――それにしても」
温かい食事は久しぶり。
イリアスは自らのカトラリーを用いて食事を続ける。
食後に出された茶を飲み、一息ついてイリアスは一言だけ。
「ごちそうさまでした」
とつぶやいた。
「……その食後の言葉。確か、ヴァルハライトの風習だったな。出入りの商人から、『環神の儀』で王様がご息女を神に還したとか聞いたな。――案外、嬢ちゃんだったりしてな」
「…………さぁ? そんな方でしたら、きっともう森の中で命を失っているのでは無くて?」
「違えねえな。で、お前らどうする? この店、客間なんてねーからあの卓上照明を直した部屋でいいな。風呂はねーから、今日は体を拭く程度で勘弁してくれ。明日は湯屋に案内してやる」
「わかりましたわ。行きますわよセラフィナ。今日は早く休むことにいたしましょう。――明日から忙しくなりますわよ」
セラフィナを連れ、イリアスは工房に入る。
作業用の机に、いくつかの工具。
それと仮眠用のベッドがあるだけの部屋。
聖剣と短剣を腰から抜き、机に置く。
「では、私は床で寝るといたしますわ。セラフィナ。あなたが寝台を使いなさいな」
「え、お姉様が使ってくださいよ。セラはどこでも寝られるから大丈夫です」
「……あなた、自分のことを『セラ』と呼ぶのね。――と、今はそれどころではありませんわっ!!」
イリアスはセラフィナの目を見つめる。
「魔力のあるあなたが十全に回復しないと、明日からの魔道具修理に差し障りが出ますわよっ!!」
「お姉様こそ! セラはちょっと魔力を込めるだけですっ! 働いたお姉様こそ寝台で寝るべきですよ!!」
「セラフィナ、聞き分けなさい!」
「嫌です! お姉様の分からず屋っ!!」
「姉の言うことを聞きなさいっ!!」
「嫌ですっ!!」
イリアスはセラフィナのその様子を見つめる。
そして思う。
この娘は、「人間らしくなってきた」と。
禁足地でセラフィナを託してきたアニキと呼ばれる商人の顔を思い出す。
「……あなたの言いたいことはわかりましたわセラフィナ」
「ならっ! 寝台で寝てください!!」
「あなたも一緒ですわっ!! 二人で寝れば問題解決ですわよね!!」
「………………………え。――照れる」
「うるさい。これは決定ですわよ!」
イリアスはベッドに入り、布団を持ち上げたまま隣の空間をたたく。
早くここに来なさいと伝えるように。
「……お、お邪魔しまーす」
「ほら、さっさと寝ますわよ。明日は早いわよ」
「………あったかい」
禁足地。
そして、この町にたどり着くまでの間。
二人とも熟睡することは無かった。
常にどちらかが起きて、警戒をしていた。
だが、今。
出会ってから初めて、二人で安心して眠ることができる。
「おねぇさまぁ~」
「あら、今日はずいぶん甘えん坊ですわねセラフィナ」
「だって、セラはまだ13歳だも~ん」
「……そういえば、そうでしたわね」
過剰な魔力で身体が成長しているセラフィナ。
その見た目は、18歳前後にしか見えない。
(……アニキさんがおっしゃっていた、『くだらない実験』というのも気になりますわね。ですが、今は――)
イリアスはセラフィナの頭を優しく撫でる。
「えへへ~。おねぇさまいいにお~い」
「……恥ずかしいことを言っていないで、早く休むわよ」
「は~い、おねえさまおやすみなさ~い」
セラフィナはイリアスに抱きつき、すぐに寝息を立て始める。
その背中を優しく叩きながらイリアスは思う。
(……セラフィナの魔力が大分漏れ出してきていますわね。数回分は薬がありますが、それでいつまで持つでしょうか)
――机の上に置かれている工具のいくつかが、静かに砕けた。




