第8話 正逆と出立と
(……やはり、眠る時間が長くなってきていますわね)
イリアスの膝に頭を預け、眠るセラフィナを優しく撫でながらイリアスは思う。
(……『耐性』ですわね。どんな薬にも付きものですが、少々早いようで、些か困りますわ)
やはり「抑制」では、近いうちに「限界」が来るだろう。
それならば、「抑制」とは違う方法で何とかすることは出来ないだろうか。
そう考えていた時、セラフィナが目を覚ました。
「……あれっ? おねえさま、どこ? あ、おねえさまだぁ~」
「……」
起きて抱きついてくるセラフィナ。
しかし、それは手探り気味。
イリアスはセラフィナの身体を抱き留める。
セラフィナが抱き返してくる、その力加減に違和感を覚えた。
――そして、一つの答えにたどりつく。
「セラフィナ、あなた薬の効き目が悪くなってきているのではなくて?」
「……そんなことないもん」
「別にあなたを問い詰める気はありませんわ。ただ、あなた私のことが見えにくくなってきているでしょう? 魔力の無い私の事を。だからこうして抱きつくことで、『ここに居る』事を確かめて居るのでしょう?」
「……………そんなこと、ないもん」
セラフィナの震える身体。
その頭を優しく撫でながらイリアスは続ける。
「いいこと、セラフィナ? 私はあなたのことを責めているのでは無くってよ。ただ、少しでも身体に異変があったら言いなさい。それを出来ずに命を落とした方々を私は幾人も見てきていましてよ。あなたにはそうなってほしくないだけ」
「……ちょっとだけ、みえにくい。あと、なんかまりょくがうまくおさえられない」
「…………やはりそうなのですね」
セラフィナはイリアスに差し出された薬を嚥下する。
漏れ出し始めていた魔力が少しずつ収まっていく。
「お姉様。『考える』って何をですか?」
「セラフィナ。もしあなたがその『魔力』を何とか出来たとしたら、やりたいことはあるかしら?」
「……やりたいこと?」
「えぇ、どんなことでも構いませんわ。些細でも、壮大でも言ってご覧なさい」
その問いかけにセラフィナは少し考える。
そして一言だけ。
「……『普通』になりたいっ!!」
と呟いた。
溢れ出した言葉は堰を切ったかのように止まらない。
その言葉を聞いたイリアスはそっと笑みを浮かべた。
「私たちは、方向は逆ですが――『同じ』ですわね」
「同じ!? 何がですかっ!!」
「魔力が多すぎて人として扱われなかったあなた。魔力が少なすぎて、いえ。魔力が無い事で人として扱われなかった私。二人とも『普通とは違う』というだけで、『異常者』として扱われた。これが『同じ』と私は言っておりまして」
イリアスは木に刻んだ「正」の文字を確認する。
その数は39。
約半年、この禁足地で過ごしてきたことを示していた。
(『環神の儀』は180の夜を数え、181の朝を迎えたものは神により祝福される。でしたわね。で、あれば、もうここにとどまる必要もありませんわね)
「行きますわよセラフィナ」
「行くって、どこにですかお姉様?」
「決まっているでしょう。この禁足地の外ですわ。その先のことは、そのときになって考えることに致しましょう」
そう言ってイリアスは自身の僅かな荷物をまとめ、聖剣を腰に差した。
セラフィナはその姿を見て、うつむいた。
「……でもここにいれば、お姉様の薬で魔力が抑えられる」
「あら、あの薬はもうほとんど無くってよ? 造るにしてもここでは無理ですわ」
「……それなら、ここでっ!!」
「――セラフィナ!! テメー今何を言おうとしたっ!!」
「ひっ!!」
常の優しい言葉では無く、恫喝に近い怒声。
それはセラフィナが抱いた「ここで命を絶てば良い」という言葉に封をした。
「……驚かせてごめんなさいね。でも、私はあなたに『普通』を体験させてあげたくて。その前に、そんな悲しいことは言わないで欲しいですわ」
「……………ごめんなさい」
イリアスはセラフィナの頭を撫でて続ける。
「アニキさんの拘束具や、私の薬。これは『抑制』。つまりは無理矢理に蓋をするようなもの。――あまり身体には良くありませんわ。それは分かるでしょう?」
「……はい」
「――でしたら、『制御』出来るようにすれば良いのでは無いか。そう思ったのですわ」
イリアスの言葉にセラフィナは顔を上げ、目を見つめる。
「そういう魔道具があるか。無いなら造れるのか。それは分かりませんわ。ですが、挑戦してみる価値はあるでしょう?」
そう言ってイリアスは堂々と歩き出す。
その後を少しだけ躊躇し、しかし覚悟を決めた表情を浮かべセラフィナが追いかける。
木々の切れ間から泉が見えなくなるあたりで、イリアスは振り返り一礼した。
セラフィナもそれを真似して一礼する。
「行きますわよ、セラフィナ。私たちの『普通』を探しに」
泉には光が落ち、風がそよぎ、その水面を少しだけ揺らした。




