第6話 喪失と回帰と
「………なんだよ、そのきもちわりー色の液体は」
アニキと呼ばれる商人がイリアスの取り出した小瓶に収められた液体の色を見て、「ドン引き」をしていた。
赤や青、緑や黄色――果てには金や黒までが混じり合った、『見るからにダメだろう』という色をしているのだから。
「これは『魔力を抑制する薬品』ですわ。見た目は少々悪いですが、安全性は保証いたしますわ。なにせ、お兄様に何度も飲んでいただいておりますもの」
「……次期ヴァルハライト王国の国王陛下に何してんっすかっ!?」
「魔力とは何かを調べるために、魔力がある状態と無い状態の比較をしたかったのですわ。ちなみに、健康には影響はありませんこと。――失神すること以外は」
「いや、サブはそれを聞いてるわけじゃねーぞ……」
サブと呼ばれる商人も、イリアスの過去の行いに思わず引いてしまっていた。
しかし、イリアスは軽い調子で続ける。
「私に魔力が無いのはご存じでしょう? 逆に言うと、魔力の発生について知ることができれば、私も魔力を得ることができるかもしれませんわ。そのために、お兄様には実験に付き合っていただいただけですわ。――それの何が悪いのかしら?」
「……何もかにも悪りぃーだろうがぁ!!」
そのアニキと呼ばれる商人の絶叫で、セラフィナが目を覚ました。
「……え、なんですかこれ。アニキさん! こわいっ!!」
自身が放った膨大な魔力を切り払い、霧散させ、その後自身を峰打ちとは言え二度も打ち据えた黒いドレスを着た少女。
――死神。
そんな存在が、「見るからにヤバそうな液体」が入った瓶を持っている。
「あら、目が覚めまして? ごめんなさいね。あなたを止めるためとはいえ、鉄の塊で殴って。骨は折れていなくて?」
「……嬢ちゃん、セラフィナはその膨大な魔力で骨折くらいならすぐ治っちまう。――さすがに、切断されると厳しいみてーだがな」
「そうなんですのね。それで、セラフィナさん? 一つ良いかしら」
「………………ひっ!!」
イリアスが笑顔でセラフィナに語りかける。
だがセラフィナからすると、いきなり現れて、打ち据えてきて、変な色の液体を持っている笑顔の女。
そんな女が表情はよく分からないまま、優しげに語りかけてきているわけである。
故に持つ感情は一つである。
こ わ い 。
「この液体を飲むと魔力が一時的ではありますが、完全なくなりますわ。あなたの魔力量なら大体丸1日位かしら。――ちなみにお兄様は10日間魔力が無くなりましたわ」
「……やだっ、こないで、こわいっ!!」
セラフィナは後ずさる。
イリアスに折られた骨自体はすでに治っているが、ダメージ自体はまだ回復していない様で立てずにいる。
故に、後ろ向きに這いずって逃げる。
が、ここは禁足地の森。
すぐに木により行方を遮られた。
「アニキさんっ!! たす、たすけてっ!!」
「………すまん。俺様は嬢ちゃんにお前の命ごとを託すって決めたんだ。それを曲げちまったら、商人としての魂が死んじまう。だから――悪いな」
「そんなっ! サブさんっ!!」
「………アニキに従うって決めてるっす。アニキが止めないなら、止める理由がないっすから。――ホントは止めたいっすけどね。でも、『商人としては時に非情な決断も必要だ』ってアニキに言われてるっす」
「…………………………やだぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!!!!!」
イリアスが笑顔でセラフィナの鼻をつまむ。
呼吸が苦しくなり、口を開ける。
そこに瓶の中身をすべて注ぎ込む。
そして、やや無理矢理に口を閉じさせて頭を上に向けさせた。
「大丈夫ですわ。お兄様に飲んでいただいていた時よりは美味しくしておきましたので。具体的に言うなら、少しだけ果物の風味をつけていますの。そのせいで、なんかよく分からない色になってしまいましたわ」
セラフィナはしばし抵抗していたが、物理法則に逆らうことはできない。
やがてその液体は嚥下されていく。
口内にたまったソレをすべて胃に収めさせられたセラフィナ。
その少女は静かに呟いた。
「………いがいとおいしい」
アニキと呼ばれる商人とサブと呼ばれる商人が思わず、ずっこける。
どう考えても「ヤバい」としか思えないものが、「美味しい」と言われたわけだから無理もない。
だがセラフィナはソレを意に介する事無く、自身に起きた変化を感じ取る。
「……あれっ? なんかけしきがはっきり見える。――アニキさんとサブさんってそんな顔をしていたんですね」
セラフィナがそうこぼした。
「あれっ、なんで?」
セラフィナが涙をこぼした。
「……あなたはその異常としか言えない魔力により、危険な『物』として扱われてきたのでしょう? ですが、今は魔力を一時的とはいえ失っておりまして。ただの一人の女の子。一人の『者』。ひとりの人間ですわ」
「……魔力がすごかった時はよく分からなかったんですけど、そんな顔をしていたんですね。――あの、お姉様と呼んでも良いですか」
「好きにしなさい」
セラフィナはイリアスに抱きつく。
ソレは見た目こそ18歳程度であるが、年相応に見えた。
「行くぞサブ」
「へい、アニキ」
「もう、セラフィナは嬢ちゃんに任せて大丈夫だろ。――任せたぜ、イリアス・ケセド・ヴァルハライト」
そして、禁足地には二人の少女だけが残された。




