第50話 錬金術師と科学者と
「……これを使って何をしろと言うのですの?」
「簡単さ。それを使って、『Scientist』のカードを完成させるのさ」
シルヴィアはそう言い放つ。
イリアスは思わず言い返した。
「普通、こういうときは『完成させないようにする』のでは無くて?」
「普通はね」
「では、なぜ?」
「それが最終的な勝利に必要だからさ」
そう言うとシルヴィアは声を小さくした。
「実は君さ、『Scientist』のカード持たされてるの知ってた?」
「……えっ」
「あ、やっぱ知らなかったんだ」
シルヴィアはそう言うと、少しだけ笑った。
「キミが持ってる日本刀。この世界だと、聖剣だっけ? アレの力で魔力を拒絶してたから、カードの影響を受けてなかったんだよね」
「……」
「で、キミって魔力無いじゃん? だからいつまでたってもカードが完成しない」
「……」
「しびれを切らした虚が『もう良いっ! もともとの強い感情でカードをアクティブにするように戻しちゃうっ!!』ってなったのさ。こういう言い方はしてないと思うけどね」
「何というか、『もう良い。次の世界で相応しいモノを探そう』と言いそうですわよね」
その言葉にシルヴィアは思わず目を丸くする。
「あはははははっ!! 言いそうっ!!」
「……実際近いことを言われたので」
「……ごめん」
少し室内の空気が重くなる。
シルヴィアは咳払いをひとつすると、話を続ける。
「本当だったら、キミが森に捨てられた時に動物を殺してるじゃん? あのタイミングでカード完成。めでたしめでたし。僕からしたらめでたくなーよ、って状態だったわけ」
「動物を殺した時点で完成? どういうことですの?」
「簡単だよ。魔力でカードは完成すると言ったけどさ、もう一つ大事な物があったのさ」
「それは?」
「――殺意だよ」
コーヒーが冷えていく。
「……まさかとは思うのですが、あのときから虚の手のひらで転がされていたと?」
「それが『聖剣』のせいで転がらずに勝手に動き出したから、虚は焦ったって訳さ。メインで用意した研究所の所長だけでなく、予備も計画から外れていくんだから」
イリアスが疑問を挟む。
「世界5秒前仮説でしたかしら?」
「あぁ、虚がなんか言ってたよね。アレはそれっぽいこと言って、キミを動揺させようとしただけだから無視していいよ」
シルヴィアがひとつ咳払いをして話を続ける。
「話がそれたね。ちなみに何で『Scientist』のカードがキミに渡されたか説明しておこうかな」
「……違和感は覚えていまして」
イリアスは冷めたコーヒーを飲み下す。
シルヴィアは言葉を続ける。
「科学者は確かに人間生活を便利にしてきた。でもその反面、人を殺す道具も数多く造り出してきてるよね。――キミだって虫を殺す研究をしてきたわけだし」
「……」
「例えば、銃、毒ガス、ミサイル、戦闘機。果てには核爆弾や水素爆弾。――これらは結果的に人を殺している」
「……それは」
「もちろん、科学者が意図的に人を殺そうとしたわけじゃ無いさ。核だって、元々はほんの僅かな質量で莫大なエネルギーを得ることができる。それを悪用した人が居るってだけさ。――でも、虚のカードは人間の『負の感情』に呼応している」
イリアスは地面を見つめる。
「もちろんキミが『殺したくて動物を殺した』のでは無いのは分かっている。でもさ、結果として『殺してはいる』訳だよ。それが『生きるために仕方なく』という理由はあったけどね」
「……」
シルヴィアはそんなイリアスを見つつ、話を続ける。
「ところで、キミは『禁足地』だっけ? あの森で水浴びをしたよね?」
「……それがなにか」
「あの泉はさ、聖剣で清められていた。それにより、『虚』が掛けようとした呪いみたいなモノが浄化されたって訳さ」
「……勇者様に守られていたのですわね」
イリアスは今ここにはない聖剣に思いをはせた。
「……さて、そろそろ時間かな」
「……あなたの死は回避できないので?」
シルヴィアは静かに頷く。
「僕が消滅したらさ、キミは『死神』のカードに変化した『希望』の力を使いなよ。そうすると、最悪の事態が起こる少し前に戻れる。後は虚に対して殺意をむき出しにして『科学者』のカードを完成させるんだ」
「その後はどうすれば?」
「虚にはわざと逃げてもらう。キミは『希望』のカードの力で、それを追う。そして、たどり着いた世界に居る『シルヴィア・バルディーニ』か『露刺朝陽』に『慈善』を渡して欲しい」
「分かりましたわ。――どうやら、お別れのようですわね」
シルヴィア・バルディーニの体が少しずつ、光になって消えていく。
「じゃあね。頼んだよ。イリアス・ケセド・ヴァルハライト。いや、入巣京くん?」
「……最後にひとつ宜しいかしら、シルヴィアさん?」
「なんだい?」
シルヴィアは小首をかしげる。
「あなたは、原子は変化しないとおっしゃっておりました。でも、現代の物理学では、他の原子から金の原子を造ることができるようになりましたわ。――錬金術は、ある意味で間違っていなかった」
「……ふふっ。あはは。まぁ、採算はとれないだろうけどね。まぁ、それが知れただけでいいさ。――じゃあね」
程なくして、シルヴィア・バルディーニの姿は消えた。
後に残されたのは3枚のカードを持つイリアスただひとり。
少しずつ、今居る世界も崩壊が始まっていく。
「――確かに、託されましたわ。シルヴィアさん」
イリアスの持つ「希望」のカードが、黒い馬に乗り弔旗を掲げ喪服を着た銀髪の女が書かれたカードへと変化する。
入巣京はそのカードを掲げて、カードの発動を宣言する。
「……『死神』の『逆位置』
――アルカナ・ビート」




