第46話 終焉と絶命と
「完全勝利とおっしゃいましたわね?」
イリアスは虚を睨み付ける。
セラフィナも大火槍を弐式蒼炎に変化させ、油断なく間合いを計る。
「あぁそうだ。我がこの世界で達すべき目標はすべて達した。後は次の世界に行くだけだが、少々時間が掛かる。折角だから、我が目的を話してやろう」
「……ずいぶんと余裕ですのね」
イリアスは体勢を徐々に低くし、いつでも飛びかれるように足に力を溜める。
セラフィナは槍の穂先を虚に向け、その動きを読む。
「当たり前では無いか。22枚のカードのうち、21枚までが完成した。負ける理由がないのだからな。――それに、死にゆくもの達が何も知らぬのは、いささか可哀想では無いか?」
「……っ!!」
「……折角話すのだ。邪魔が入っては興ざめであろう。イマジナリーナンバー11 Injustice 正位置<偽罪付加>貴様ら、動くな。動いたら我に反逆したものと見なし、貴様らの一番大切な者を処す」
イリアスは黒い霧に包まれる。
セラフィナも、セオリスも同様に黒い霧に包まれた。
そしてその霧はそれぞれの体に吸い込まれた。
「……聖剣が、効果を発揮しない?」
「当たり前では無いか。魔力では無いのだからな」
「お兄様は魔力でこれを使っていた筈ですが?」
「そのように我がルールを定めたからな。本来であれば、魔力などこのカード共には必要ない。すなわち、頼みの『聖剣』は単なる『人斬り包丁』に成り下がった。どんな気分だ? 最高だろう?」
イリアスは歯がみする。
託された刀を汚され、動けばセラフィナが死ぬ可能性がある。
無意識に柄を握る手に力が入る。
「さて、薄々察しているだろうが改めて自己紹介をしようでは無いか。我が名は虚。我はそのカード共を造った。とある目的のためにな」
「……目的ですの?」
「慌てるな。早くて嫌がられるのは性行為くらいだ。それとも、遅い方が好みか?」
「……下品ですのね」
イリアスは不快感を顔に浮かべ、吐き捨てる。
しかし、虚は余裕そうな気配を崩さない。
「我が目的からすればすべては些事。どうでも良い。むしろ、貴様のような頭の良い奴に対しては、はっきりと言った方が効果があるであろう。我はお前を苛つかせて、自滅するのを望んでいる。どうだ、入巣京? 我が憎いであろう」
「…………なぜ、その名を?」
「なるほどな。やはり早いほうが好みか。まぁ、慌てるな。今、教えてやろう」
虚はそう言うと、22枚のカードを取り出す。
「貴様をこの世界に呼んだ理由は単純だ。この『Scientist』のカードを完成させるため。それ以外には無い。貴様は我が目的のための捨て駒に過ぎぬ」
「……」
「もともと予定していた研究所の所長が、下賎な商人に殺された。故に貴様を呼んだ。それだけの事だ」
「……時間が合わないと思いますわ」
虚は肩をすくめる。
「『世界5秒前仮説』という話を知っているだろう」
「……存じてはいますが、それが何か?」
「まぁ、慌てるなと言っているだろう。要するに、5秒前に世界が造られた。『記憶』も『証拠』も、そのほかすべても併せて、つじつまが合うように造られたと言う思考実験だ。本来は世界そのものを対象にする。――だが、それを貴様に我が施したとしたらどうだ?」
「……」
イリアスは内心で動揺する。
顔には出さないが、冷や汗が流れ落ちる。
「『科学者』である貴様を使って、この『Scientist』のカードを造り上げる。それこそが我の目的のひとつ」
「……残念ながら、それは失敗したようですわね」
「問題ない。別の世界で実現すれば良いだけだ。――それとひとつ忘れていることがあった」
虚がセラフィナに視線を向ける。
「入巣京。貴様は『動くな』という我が命令に背き、『口を動かしている』な。――故に、貴様の最も大切なこの女を処刑する」
「っ!!」
「――執行」
セラフィナの体から力が抜け、地面に崩れ落ちる。
その手から大火槍が落ち、床の上を力なく滑る。
命の灯火が消えたことを示すかのように、穂先から炎が消えた。
「セラっ!!」
イリアスはセラフィナに駆け寄り、その体を抱き起こす。
瞳孔は散大し、脈は失われ、呼吸が止まっている。
――死。
「再び、我が命令に背いたようだな。――執行」
セオリスも先のリプレイのように地面に倒れ伏す。
「さて、これ以上我が命令に背くと、そのたびに人が死ぬぞ?」
「アニキールか」
「サブスか」
「ダリウスか」
虚が一人ずつ名をあげる。
「――後藤方舟か」
イリアスの、――入巣京の心臓が跳ねた。
思考が白く染まる。
「それで良い」
虚は大火槍を踏みつけると、足を後方に滑らせ回転をかける。
そのまま足の甲に乗せ、軽く蹴り上げ、左手で掴んだ。
「折角だ。この槍で貴様を殺すとしよう。――それが貴様に最も相応しい」
イリアスは動けない。
これ以上、大切な人を失いたくないから。
その恐怖が体を縫い付ける。
「大火槍。終式」
虚がそう宣言する。
大火槍はシンプルな見た目の十字槍に変化した。
「死ね」
大火槍は容赦なく、イリアスの体に深々と突き刺さる。
流し込まれる粘ついた――魔力。
嫌悪感が精神を蝕む。
イリアスの体から漆黒の炎が噴き出す。
「……ちく、しょ……う」
イリアスは絶命した。




