第4話 矜恃と価値と
「……ほとんど野草ばかりで少々飽きましたわね。たまにはお肉も食べたいものですが、まさか『聖剣』で狩るわけにも行きませんわ」
木に短剣でつけた「正」の傷跡を数える。
イリアスが『環神の儀』と称して禁足地に放置されてから4ヶ月が過ぎた。
「確か最後にお肉をいただいたのは2週間位前でしたか? ですが、生きるものを『空腹』という理由だけで命を奪うのは些か受け入れがたいものですわ」
汚れた衣服を泉の水で洗い、乾かしている間に食を済ませる。
しかしそれは、何かを踏み折る音で中断を余儀なくされた。
(こんな場所に来るのは私の遺体を回収に来る者か、それとも神を恐れない馬鹿者かですわね……)
イリアスは衣服を身に纏い、短剣を馬手差しの様に腰に帯び、聖剣を左腰に差す。
足音はおそらく二人分。
さらに、話し声も聞こえる。
イリアスは耳を澄ます。
幸いにも禁足地は静寂に包まれており、その声はよく聞こえる。
「アニキ、本当にこんなところに『ヴァルハライトの御落胤』が居るっすか? あと、居たとしたらどうするっすか? もう4ヶ月って聞いたっすよ。多分死んでると思うっす」
「サブ、抜けたこと言ってんじゃねーよ。俺様達は商人だぞ。商人が『仕入れ』をしねーでどうするっつーの。生きてれば好事家に売れるし、死んでたとしても遺品の一つや二つくらいあるだろ」
イリアスは聖剣に手をかけ、鯉口を切ろうとする。
だが、ふと思いとどまる。
衣服の乱れを直し、髪を整える。
「アニキ、なんかすごく大きな泉があるっすよ」
「……それに、探しもんも見つかったみてーだな。おい、そこの女。――お前はイリアス・ケセド・ヴァルハライトか?」
「……えぇそうですわ。私はイリアス・ケセド・ヴァルハライト。――あら、いけませんわ。今は王命により家名を名乗ることを禁じられておりまして。ただのイリアスですわ」
商人の問いかけに対して、優雅にカーテシーをしつつ答えるイリアス。
すると商人の「アニキ」と呼ばれた方が眉をひそめる。
「……変な女だ」
「えぇ、よく言われまして。『魔力が無い』変な女だと。あなた方、私が『環神の儀』でここにいることをご存じですわね。でしたら、そのこともご存じと存じますわ?」
商人の「アニキ」と呼ばれている方がイリアスの頭の先からつま先までを値踏みするように見る。
そして頭を掻いた。
「……やめだやめだ。こんなおもしれー女、俺様に扱えねーよ」
「アニキっ!?」
「お前は馬鹿だからわかんねーだろーけど、俺様の直感がコイツは『商品にするな』って言ってんだ」
「……アニキがそう言うなら従うっすけど、本当に良いんっすか?」
「抜けたこと言ってんじゃねーよ。俺様が良いって言ってんだから良いんだよ」
と言いながら、自身の腰に帯びていた剣と短杖を地面に捨てる。
そして、「サブ」と呼ばれている商人にも同じ事を強制する。
「ヴァルハライトの御落胤。これが俺様達なりの誠意だ。少し話をしないか」
「あら、良いですわね。私の得になる話でしたら大歓迎ですわ」
イリアスも聖剣を腰から外し、膝をついて地面に置く。
それに合わせて短剣も地面へ置いた。
「サブ、馬鹿なお前にも分かりやすく説明してやる。このヴァルハライトの御落胤は、俺様達に一度も『命乞い』や『哀願』をしてこねー。こういう面倒な奴はどう扱えばいいか。それは教えたよな」
「……申し訳ないのですが部下か後輩かは存じませんが、そう言う話は後にしていただけません?」
「あぁ、わりーな。コイツは馬鹿だから、『そのとき』に言わねーと理解できねーからな。怪しい『奴隷』を扱ってそうな商人に『敵意』や『害意』すら向けてこねーヴァルハライトの御落胤」
「……その『ヴァルハライトの御落胤』というのは辞めていただけませんか? 私はあくまでも『イリアス』ですわ」
そのイリアスの言葉にアニキと呼ばれる商人は苦笑する。
「……やっぱ、俺様の直感は間違ってねーな。――おい、サブ。あの女を連れてこい。コイツなら何とかできるかもしれねー」
「……本当に良いんっすか?」
「まぁ、大丈夫だろ。仮に俺様の直感が外れても、俺様達には損はねーしな」
そう言ってイリアスを少しだけ見返す。
「この嬢ちゃんなら大丈夫だろ。ダメならそのとき考えれば十分だろ」
「……わかったっす。じゃあ、行ってくるっす」
そう言って、サブと言われた商人は来た道を引き返していく。
アニキと呼ばれている商人はイリアスに向き直る。
「なぁ、イリアスよ。お前は『人が人である』理由はなんだと思う」
「……難しい問いですわね。ただ、今の私が言えるとすれば、『人であろうとすること』でしょうかね」
「なるほどな。大体分かったぜ。今は、それで十分だな」
そう言ってアニキは力強く笑う。
「ある国で『しょーもねー実験』をしてた馬鹿がいてな。そこからある人の頼みで『商品』を仕入れたんだが……。まぁ察しろや」
「……なんとなくは察しましたわ。で、あなたの言う『商品』の売り先が無くなったと」
「そういうこった。で、あんたにそいつを託そうかなって」
「……ずいぶんと自分勝手ですわね」
「まぁ、投資みたいなもんだ。まずは『商品』を見て貰ってからの判断で良いぜ。そろそろサブの奴が戻ってくるだろ」
するとサブと呼ばれた商人が一人の少女を連れて戻ってくる。
イリアスはその少女を見た瞬間、背中に冷たいものが走る。
無意識に腰に差していたはずの聖剣に手をのばすが、その手は空を切る。
数歩無言のまま、距離を取った。
その理由は分からないまま……。




