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第38話 急変と無力と

「で、どうだったかしらセラ? 頼んでいたことは?」


 時刻は夜。

 場所は二人が泊まっている宿の部屋。


「やはりお姉様がいってたとおりでした。列に並んでいる人を突っついたり、叩いたり、果てには服を脱がしてみたりしたけど、なにも反応を示さなかったです」

「そこまでやれとは言っていませんわよ?」

「……ごめんなさい。なんか、何の反応も示さないからちょっとムキになっちゃいました」


 イリアスはベッドの横に座るセラフィナの頭に手を置き、軽く撫でる。


「おかげではっきり致しましたわ。これで『人々の意思』ではなく、『何らかの干渉』が行われているようですわね」

「それで、お姉様の方は?」

「あなたも聞いていたでしょう? あの戒告官たちの騒ぎ。あの方たちと情報の交換をしましたわ。今の最高戒告官。いえ、あえてこの国はと言いましょうか。この国は、『虚』という人物か何かを神とあがめているようですわね」

「『虚』……。確か、セオリス様もその人に……」


 イリアスは立ち上がり、机に向かう。

 そして、得た情報を書き込んでいく。


「……最高戒告官が持つ魔道具。お兄様のコレに似ているという話。それに、宗教の歪み。あのときの、お兄様の態度」

「お姉様、なんて書いてあるんですかこれ?」

「……昔、住んでいた事のある国の文字ですわ。そのうちあなたにも教えて差し上げますわ」


 イリアスはドイツ語で文章を記す。

 情報が漏れないように、この世界では使われない言語による表記。

 かつて大学時代の先輩に「おい、エセお嬢。お前、薬学の道に行くんだってな? なら、ドイツ語も覚えとけ。ぜってー役に立つぜ。特に俺様にとってなっ!!」と言われたことを思い出す。

 まさか、後藤方舟(アーク)もこんな形でアドバイスが役に立つとは思っていなかっただろう。

 イリアスは小さく笑う。


「……お姉様?」

「いえ、少し昔を思い出して。そして、アニキールさんがその知り合いに似ていると思いまして」

「えぇ……。アニキールさんはひとりで十分ですよ……」

「あなたも大分言うようになりましたわね、セラ?」

「お姉様の教育が良いので」

「こら」

「えへへ、ごめんなさーい」


 後ろから覗き込んでいたセラフィナが体を離す。


「……お姉様。お夕飯が来るの遅くないですか?」

「そう言えばそうですわね。いつもより遅れていますわね?」


 常であれば時間どおり。

 遅れても5分程度。

 イリアスは時計を確認する。

 過ぎた時間は――30分。


「……遅れているというよりは、遅れすぎていますわね」

「……見に行きますか? もしかしたら、何かあったのかも」

「そうですわね。もし大変そうなら手伝って差し上げましょう」

「もしかしたら、ご馳走だったりして!!」

「それならいいですわね」


 イリアスはドアを開け、廊下に出る。

 刹那。

 ――イリアスから笑顔が消え、セラフィナに向けて叫ぶ。


「セラっ! 大火槍を展開しなさいっ!! すぐにっ!!!」


 セラフィナはその叫びに呼応し、大火槍を展開し廊下へ向かう。


「お姉様な……にが……っ」


 セラフィナの言葉が詰まる。

 そこには給仕に来た人間が倒れていた。

 全身に無数のヒビが入り、そこから魔力が溢れだしていた。


「……魔力流出症。あなたの魔力過剰症と真逆で、全身から魔力が流れ出てしまう病気」

「そんなっ! だってこの人、ついさっきまで元気だったじゃ無いですか!!」


 イリアスは倒れていた人間の脈を測り、呼吸音を確かめ、瞳孔を確認する。

 そして小さく「……手遅れですわ」と呟いた。


「この病気は高温環境下では進行が遅くなる。と王家の図書室で読んだ本に書いてありましたわ。セラ、あなたは私が良いと言うまで大火槍を展開していなさい。――できますわよね?」

「やります」

「良い」


 イリアスは走り、宿内を確認する。

 他の宿泊客も、従業員達もすでに事切れている。

 症例はいずれも魔力流出症。


「……集団感染? 原因は? 何らかの感染症? それにしては、進行が早すぎる。こんな時、後藤先輩はなんて言っていた。思い出せ、入巣(いりす)京(きょう)」


 大学時代、後藤方舟に言われたことを思い出す。


『良いかエセお嬢。感染症でいっちゃん怖ぇのは『わからねぇ』って事だ』

『原因が分からないならすべて疑え。空気も水も食事も人も全部だ』

『感染源を潰せ。本来なら保健所とか感染制御の奴らとかの仕事だが、あいつらは遅いときがある』

『いいか? 現場で対応できることはなんでもやれ。お前は薬学で最前線じゃないかも知れねーが覚えとけ。きっと役に立つときがくる』

『患者ひとりひとりを見るな。患者全員にある共通点を探せ。そこには、ぜってー何かがある』


「夕食が遅れた。見る限り、誰も夕食は摂(と)っていない。故に夕食による影響は違うと考えられる。昼食は出ないので、食事が関連すると仮定すればあとは朝食。だけど、朝食は私もセラも摂っている」


 可能性を潰す。


「水源は従業員も客も同じ。空気も同じ。他者との接触程度も同じ。――ならば、私はともかくとしてセラが発症しないのはおかしい」


 自らが他者と共通していない「魔力が無い」点。

 セラフィナが他者と共通していない「魔力が多すぎる」点。


「つまり、『魔力が普通程度』の人間だけ発症している……?」


 考えるイリアスの元にセラフィナが走り寄ってくる。


「お姉様っ!」

「どうしたのセラっ!!」

「大火槍の魔力がどこかに吸われていきますっ!!」


 イリアスは大火槍を見やる。

 するといつもより僅かではあるが炎が小さい。


「どこに行くか分かるかしらセラ!」

「方向だけですけど、戒告官たちの神殿の方ですっ!!」

「……分かりましたわ。セラ、大火槍を納めなさい」

「えっ!?」

「……これ以上、魔力を吸わせるわけには行きませんわ。――それに、もう遅い」


 イリアスは壁を叩く。


「クソっ!!」


 二度、三度。


「お姉様?」


 四度、五度。


「……助けられなかったっ!!」


 その顔には涙が浮かんでいた。

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