第35話 異変と日常と
路地裏の酒場。
時間は夜。
表通りの喧噪とは裏腹に、寂れている。
そこにイリアスは居た。
「つまり、最高戒告官が代替わりされてから、今のような異常な状態になったと言うのですわね?」
「あぁ、そうだ。今の最高戒告官様が『我々は『源書』に騙されておりました。『源書』は正しく人々を導かない。故に、我々が信仰するべき神は別にいらっしゃる』って言いだしてからおかしくなった」
「以前からいらっしゃる神官さま方からの反対は出なかったのかしら?」
「当然出たが、そいつらは全員処された。どうやって処したかまではわからんが」
昼に話した男。
奢るために伝票を取った際に、記されていた時間と場所。
そこでなら話せる。
イリアスはそう判断した。
「……後は簡単さ。見せしめに何人か公開処刑。もう、反対する奴はいなくなったさ」
「それにしては、戒告に向かう方々が絶えないようですが?」
男は声を潜めた。
「俺たちみたいな根無し草は他の街に逃げた。残ったのは変な奴らばっかだ。――それと、どういうわけか他国から入国する連中が増えているらしい」
「――他国からですの?」
男は頷く。
「ヴァルハライトは国王が代わったばっかで政情不安定。他にも流行病に謎の爆発事故。そういったものに不安を覚えた奴らが、この国に逃げ込んで来てるって感じだな」
「――まぁ、人は弱いものですからね。何かに縋らないと生きていけないということも理解は出来ますわ」
縋って良い相手かどうかは確かめなければならない、と内心で思ったが……。
「あと知っている事と言ったら、『最高戒告官の前では隠し事が出来ない』って噂くらいか」
「どういうことかしら?」
「詳しくは知らんが、『神の御名において、罪を告白せよ』と言われると、どんなことも話してしまうらしいな」
「……そこだけ聞いても。『源書』とは大分異なりますわね」
イリアスは出された茶を飲み干す。
「――悪かったなこんな時間に。あの場所は戒告官たちの巡回が行われていてな。その点、この店は今の戒告官に良い感情を持っていない奴がやってるからこういう話をするのに向いてるんだ」
「こちらこそ、ありがとうございました。おかげで知りたかった事をお聞きできまして」
イリアスは席を立つ。
「お礼にこの場は奢らせていただきますわ」
「昼に奢ってもらったから、ここは俺が出す」
「いえ、せめてものお礼だと思って受け取っていただけると幸いですわ。――もし次があったらそのときは奢っていただけるとありがたいですわね」
「……負けたよ。奢らせてもらう」
酒場を後にしたイリアスは宿へ向かう。
「お姉様、お帰りなさい」
「セラ、ただいま」
「お風呂にします? ご飯にします? それともセラ?」
イリアスはたっぷり3秒考える。
「……全部同時で」
「お姉様、贅沢です」
イリアスはセラフィナのおでこを軽く叩く。
「……そういうのをどこで覚えてきたのか知りませんが、使う相手は考えなさい」
「アニキさんの嘘つき。こう言えばセラのことを好きな相手はイチコロだって言ってたのに」
「――アニキールさん、次にお会いしたときにぶちますわ。結構強めに。覚悟をしておいてくださいませ」
どこかでアニキールが派手なくしゃみをした――ような気がした。
「まぁ、冗談はこのくらいにして……」
「……結構本気だったのに」
「セラ?」
「はーい、ごめんなさーい」
イリアスは一つため息をつく。
「明日は早いですわよ。もう休むとしましょう」
「早速調査ですか?」
「えぇ、まどろっこしいことは辞めましょう。戒告の列に並びますわよ」
「……え?」
セラフィナが固まる。
「……危険じゃありませんか?」
「危険ですわよ?」
イリアスは壁に立てかけた聖剣に目を向ける。
「私は『聖剣』で魔力的な干渉を受けませんわ。仮に魔力ではなくても、武術で切り抜けて逃げられますわ。だから、最高戒告官にお会いしても大丈夫ですわ。――それと、セラにはやってほしいことがありまして」
「セラにやってほしいこと?」
「えぇ、ちょっと耳を貸してちょうだい」
イリアスはセラフィナに耳打ちをする。
「――分かりました。お姉様。セラ、頑張ってみる」
「聞き分けが良くなって助かりますわ。ほら、もう寝ますわよ。その前にお風呂かしら? 服を脱ぎなさいセラ?」
「……え゛。お姉様、本当に全部同時にする気なんですか?」
「――そう言ったはずですわよ?」
そして、夜は更けていった……。
セラフィナの「勘弁してくださいお姉様ぁ!!」という、叫び声と共に……。




