第34話 違和と疑念と
「……アニキさんの言ったとおりでしたわね、セラフィナ。」
「……なんか、みんな良い笑顔ですけど。――何というか、『心ここにあらず』って感じですね」
セントライル宗教国。
この国では「源書」に基づいた生活が営まれている。
――最高戒告官が変わる以前までは、であるが。
「代替わり程度で宗教が変化する事ってあるんですか、お姉様?」
「――割と事例は聞きますわね」
「じゃあ、それが原因なんですかね?」
「それにしては、違和感が拭えませんわ」
酒場に入り、席に座る。
時刻は昼過ぎ。
やや、客席はまばらになり始めた頃。
しかし、酒場の窓からは行列を作る人々が見て取れた。
「……戒告場へと続く行列でしたわね」
「それにしては、長すぎませんかお姉様?」
「――ヴァイラスさんが似たようなことをしていまして。その時に掛かっている時間から計算すると、最後の方は明日になっても戒告場にたどり着きませんわよ?」
「そんなにですか!?」
「えぇ。だからおかしいと思ったのですの」
イリアスは運ばれてきた食事に手をつける。
膝に敷いていた私物のナプキンで、口を拭う。
セラフィナもそれを真似した。
「おい、嬢ちゃん。ここはそんなお貴族様のような仕草をする店じゃねーぞ!!」
「あら、これは失礼を致しまして。何分、行儀見習いで預けられていた期間が長いもので」
「へぇ、良いとこのお嬢ちゃんって事か?」
酒場で飲んでいた粗暴な印象を受ける男に話しかけられる。
よく見ると、身につけている武器や防具は実用本位な頑強さ。
華美を嫌った洒脱な装い。
故に、イリアスは試すように問いかける。
「……『酒場での縁は酒場だけの縁』ですわよね?」
「……『源書』の『勇者、女悪魔の誘惑を断つ』か」
「えぇ、であれば、おわかりですわね?」
そう言ってイリアスは片目をつぶった。
「……訳ありって事と、詮索されたくないって事は分かったぜ」
「話が早くて助かりますわ。ところで、失礼ついでに一つお聞きしても?」
「嬢ちゃん、ずうずうしいって言われないか?」
「褒め言葉と受け取っておきますわ」
「………負けたよ。答えられることなら答えてやるぜ?」
男は肩をすくめ、イリアスからの問いかけを待つ。
「ではお聞き致しますが、現在の最高戒告官様は『源書』を元にして活動をしていらして?」
「……嬢ちゃん、まるで今の最高戒告官が『源書』と違うことをしてるみたいに言うな?」
「この国に来て受けた印象ですわ」
「……」
男は沈黙する。
イリアスは机に置かれた飲み物を、優雅な所作で飲む。
男は話し出す。
その声は、掠れている。
「……言えない」
「言えない、とはどういうことかしら?」
「それを言ったら、捕らえられる。――これで察して貰えると助かる」
「分かりましたわ。ご協力感謝いたしますわ。お礼にここは奢らせていただくとしますわ。――行きますわよ、セラフィナ」
席を立ち、店を後にする。
「……お姉様、良かったんですか?」
「何がかしら?」
「あの人、きっと何か知っていると思います」
「……セラフィナ。あなた、水を絞った雑巾からまだ絞れると思っていて?」
「……?」
セラフィナの顔に疑問符が浮かぶ。
イリアスは一つため息をつき、その疑問に答える。
「良い事? あの方は『言えない』と言ったのですわ。私がしたのは拷問や尋問ではなくってよ? それなら、もう終わりということですわ」
「でも」
「あれ以上聞いたら、あの方の命に関わるのでしょう。だから話を終わりにしたのですわ。それに――」
イリアスは言葉を切り、行列の先をにらむ。
「雑巾から水を絞るためには、しっかり濡らす必要がありましてよ?」
イリアスは露店に向かった。




