第32話 真意と追放と
「で、お兄様はこの魔道具に思いを暴走させられていた。そういうことですわよね?」
場所を王城の謁見の間に移し、兄妹は対面する。
汚れた体を洗い、衣服も着替えた。
セラフィナは数歩イリアスより下がり、いつでも大火槍を出せるように油断なく気を張っている。
「その通りだよイリアス。元騎士団長が自害し、遺体が消えた。そして残されていたのがソレさ」
セオリスはイリアスが持つカードを指さす。
「その魔道具を拾い上げた瞬間に、『これは不味い』と思ったけど、遅かった。もう、手放すことが出来なくなっていた。そして、それ以降の記憶は曖昧なんだ」
「手放すことが出来ない……」
イリアスは地面にそれを落とす。
「私は手放すことが出来るようですわね」
「どうやらそのようだね。所有者を選んでいるのか、単に力を失ったのか……」
イリアスは再びカードを拾い上げる。
カードには崖に向けて人々を導く天使が描かれ、カードの下部に「Malicious Angel」と記されている。
「お兄様、ここに書かれている文字は読めまして?」
「……それは文字なのかい? 何かの記号や模様ではないのかい?」
「…………いえ、今の質問は忘れてくださいまし」
ヴァルハライト王国でも、近隣諸国でも、遠方の国でもその文字は使われていない。
――その、「アルファベット」という文字は。
「そう言えば、ひとつ思い出したことがある」
「何ですの?」
「その魔道具を手に取って、記憶が曖昧になる前に声が聞こえたんだ」
「……声ですの?」
セオリスは頭を抱え、記憶を絞り出すかのような表情を浮かべる。
「詳しい内容までは覚えていない。だけど、その声が『我は虚』と言っていたこと」
「お兄様が言っていた、『虚』とか言う人のことですわね」
「そうだ。虚には『お前の望みを叶えたければ、それに血を垂らせ』と言われた」
「……血」
「後はイリアスの知っているとおりだ。その魔道具の力で『イリアスを幸せにするために』という思いを暴走させられていた」
「そうなんですのね」
イリアスは聖剣を少しだけ抜き自らの指を斬り、カードに血を垂らした。
「何も起こりませんわね」
「………………………………お姉様、さすがに驚くのでそういうのはやめてください」
セラフィナが冷たい目でイリアスを咎める。
セオリスは目を見開き、頭を抱えた。
「お前は昔から、軽挙妄動は慎めと言ってるだろ……」
「なにぶん、お兄様の教育が良いもので」
「……もう、何も言うまい」
イリアスは黙って床を見つめて考える。
(お兄様をここに運んでくる間にカードに血が付いている可能性は十分にありますわ。ですが、今のお兄様は私の知っているいつものお兄様。実験として私の血を垂らしましたが反応はありませんでしたわ。これはこのカードが力を失ったと考えても良さそうですわね。――少なくとも、今は)
イリアスはセラフィナに向けてカードを投げる。
「セラフィナ、それ燃やせるかしら?」
「……無理だと思います。もし、燃やせるのならあの戦いの時に燃えているはずです」
「確かにそうですわね……」
イリアスは頭を抱える。
「何にしても情報が少なすぎますわ。グーレイさんにお見せできれば良いのですが、ここからですと数日かかってしまいますわね」
「……ヴァイラスさんも休暇を取っている」
「珍しいですわね。ヴァイラスさんがお休みを取るなんて。病気でもケガでも親しい方が亡くなられてもお休みを取らない方でしたのに」
「何でも、『ずっと探し求めていたモノが見つかった』と言っていたかな。その数日後に元騎士団長の襲撃というわけさ」
重い空気が謁見の間を包む。
だが、それをセラフィナが壊す。
「……国王陛下、ひとつ宜しいでしょうか?」
「なんだい?」
「イリアスお姉……。イリアス・ケセド・ヴァルハライト様はこの国の王女様なんですよね」
「父が王籍を剥奪し、追放している。だから、『元』ではあるけどね」
セラフィナが意を決したように、はっきりと言う。
「イリアス・ケセド・ヴァルハライト様は『環神の儀』を乗り越えました。よって、王族復帰を認めても良いのではないでしょうか」
「……セラフィナ!?」
「そのことか。それは当然さ」
「お兄様っ!?」
イリアスが素っ頓狂な声を上げる。
しかし、セオリスは続ける。
「イリアス・ケセド・ヴァルハライト。貴殿は『環神の儀』を全うした。よって今ここに、ヴァルハライト王国、セオリス・ケテル・ヴァルハライトの名に置いて、イリアス・ケセド・ヴァルハライトの王籍復帰を認める」
「……嫌ですわよ?」
「コレは王命である。謹んで拝命せよ」
「……………………………………………………………王命、拝命いたします」
セラフィナが嬉しそうな表情を浮かべている。
そのセラフィナをイリアスはジットリとした目でにらむ。
「だが、王都の民を打ち据えた。あまつさえ、国王相手に刃を向けた事により国外追放を命ずるものとする」
「……………えっ!?」
セラフィナが変な驚き方をする。
「この追放はそこの不審な魔道具の謎を解明した際に、不問とする。――こんなやり方しか出来なくてすまない」
「………お兄様は不器用ですわね」
イリアスは小さく笑った。
「王命、拝命いたしました。イリアス・ケセド・ヴァルハライトは国外追放の命に従い、王都を去らせていただきます。――行きますわよ、セラフィナ」
イリアスは拳を握り親指を立てて天高く掲げ、謁見の間を去った。




