第29話 虚偽と寵倖と
「流石だねイリアス。『環神の儀』を生き延びるとは。これは、ヴァイラスさんに知らせて、王族に復帰する手続きをしてもらわないと。イリアスなら知っているだろう? 『源書』では『環神の儀』を生き抜いた者は神に祝福されると記されていることを」
「……別に、死に損なっただけですわ」
セオリスが抑揚のない声で告げる。
その顔は笑顔。
しかし、まるで感情は籠もっていない。
「……気持ち悪いですわね」
「何か言ったかい? イリアス?」
「お兄様にそっくりな顔と声ですわね。でも、お兄様はそんな胡乱な笑顔は浮かべませんわ。――お前は誰だ」
セオリスの表情が消え、能面のように変わる。
しかし、すぐさま取り繕ったかのように笑顔の形に顔を歪めた。
「イリアス。どうしたんだい? 兄の顔を忘れたのかい?」
「忘れてねーから言ってんだよ。お前は誰だって聞いてんだ? 馬鹿じゃねーんだから、質問の意味くらい理解できんだろ?」
「……イリアス、兄として悲しいよ。妹が自分のことを疑ってかかる。父上が亡くなった以上、たった一人の血を分けた兄妹じゃないか」
イリアスは肩をすくめた。
「……もう良いですわ。お兄様なら、私の粗野な言葉遣いをたしなめる筈ですの。それをなさらないのであれば、あなたはセオリスお兄様ではありませんわ」
「…………………酷いな。折角イリアスが幸せになれる世界を作ろうとしているだけなのに、その当人に否定されたら泣けてくるじゃないか」
「私の幸せですの?」
「そうさ。すべては、イリアスの幸せの為に」
「――ではお聞きしても宜しくて? なぜ我が国の国民は私の命を奪おうとしてきたのでしょうか?」
「…………?」
セオリスは「まるで意味が分からない」といった表情を浮かべたが、すぐさま笑顔に変えた。
「この世界はイリアス。君のように魔力が無い人間にとっては幸せになることは出来ない世界だ。それなら、生きていても仕方ないじゃないか。幸せになるために――死ね」
「――余計なお世話ですわ。お前に、道案内をしてもらう必要は無い」
セオリスは1枚のカードを取り出す。
イリアスは聖剣の構えを、杖を突くように変えた。
「……何ですのそれは?」
「可愛い妹からの質問だ、答えてあげよう。これは神、虚様からいただいたイリアスを幸せにするための魔道具さ」
「……やはり気持ち悪いですわね。私の知るお兄様が信仰している神は天神クリフォトと、地神セフィロト。そして、天壌神カバラの三柱だけですわ。そんなよく分からない物を信仰している時点で私の兄ではあり得ないですわね」
二人は、にらみ合う。
「あんな偽神はどうでも良い。すべてはイリアスを幸せにするための力を与えてくださった虚様。虚様こそ真の神。そのご期待に応えるために、イリアスが幸せになるために、イリアスは死ね」
「お断りいたしますわっ!!」
セオリスはカードを仕舞うと抜剣しようとした。
「黒衣流っ! 回旋撃っ!!」
セオリスが抜剣するために掛けた手を、イリアスは下から斬り上げる。
黒衣流回旋撃は、相手が抜刀・抜剣しようとした手を狙い撃つ。
そのまま刀を返し、袈裟の一刀で相手を斬り捨てる技。
しかしセオリスはとっさに手を開き、後方へ大きく飛びすさる。
「……なるほど、理解致しましたわ。あなたはお兄様本人に間違いありませんわね。ですが、その魔道具で精神を汚染されている」
「虚様に啓蒙していただいただけだ。言葉を慎め」
「うるさいですわ」
イリアスは一度、大きく深呼吸。
会話をして時間を稼いだことで、僅かだが体力が戻る。
「あなたがお兄様の偽物でしたら、今の一撃で指を斬り飛ばして、袈裟の一刀で終わりですもの。――この技を回避できる人間は、この世界ではお兄様だけですもの」
「光栄だね。可愛い妹に褒めて貰えて。ますます殺すしか無くなってしまったじゃないか」
「……褒めていませんわ」
イリアスは晴眼に構えを変える。
セオリスも抜剣し、構える。
「呆けて目の曇ったクソアニキは、殴ってでも目を覚ましますわ。少々荒っぽいですが、覚悟してくださいませ」
降り出した雨は、勢いを増し始めた……。




