第23話 粛清と信念と
(……イリアス)
ヴァルハライト王国の王城。
その一室。
部屋の主であるセオリス・ケテル・ヴァルハライトは、心の中で妹の名を呼んだ。
(……『環神の儀』で規定されている期間はとうに過ぎた。もし、死んでいるなら、僅かな荷物が残されているはず)
配下の騎士があげてきた報告書を手に取り、見やる。
そこには「遺留品なし。遺体などの痕跡も存在せず」と記されている。
(――生きて、いるのか?)
僅かな期待。
愚かな期待。
しかし、それを笑い飛ばす最愛の妹はここにいない。
(……いけないな。今日は国王への謁見を行う者の予定が入っていたはずだ。――切り換えなくては)
しかし、その思考は破壊されるように開け放たれた扉に阻まれた。
「報告しますっ! 場内への侵入者ありっ!! 人数は一人っ!」
「対応状況は」
異常事態の対応は慣れている。
――主に、父の治世のせいで。
「衛兵が対応しておりますが、侵入者は衛兵に手を触れることなく殺傷を行っている模様っ!」
「毒か? 魔術か?」
「おそらく魔術と思われます。現在は遠距離から矢を射かけておりますが、弓兵も命を落としている模様です」
触れずに殺せる。
おそらく魔術。
報告に来た部下をみると、顔を包帯で覆っている。
顔を見られた兵士は殺される。
一方で、このアルベルトという兵士は殺されていない。
(訓練中の事故だったか。――何が幸いするかわからないものだ)
セオリスは顎に手を当てる。
(無差別ではない。ならば、顔か名前が必要な可能性が高い。そしてアルベルトは顔を隠していることで難を逃れている――ように思える)
名を知られているのは対策ができない。
だが、顔なら――対策は可能だ。
「――顔を隠せっ! 布でも仮面でも構わないっ!! 全軍に通達せよっ!!」
「拝命いたしました! 直ちに!!」
セオリスは剣を腰に帯びる。
顔を仮面で隠し私室を飛び出し、隣室へと飛び込む。
――そこに王はいない。
(私室ではない。となれば――)
謁見の間。
廊下を曲がると、衛兵が宙に浮いていた。
首に巻き付く縄が、その体を揺らす。
「おいっ! 大丈夫か!!」
縄を切り、その肉体を地面に横たえる。
しかし、衛兵の目に光は――ない。
(くそっ!!)
衛兵の目を閉じさせ、略式の栄誉礼を捧げる。
(考えるのは後だ。今はっ!!)
謁見の間へ向かう通路を曲がる。
常ならば蝋燭が揺れる。
しかし、今は――。
その燭台ひとつひとつに、人が吊るされていた。
「…………っ!! 後で必ず、弔うっ! すまないっ!!」
死体の森を駆け抜け、謁見の間へと駆ける。
扉は開け放たれている。
――中から音は聞こえてこない。
「父上っ!!」
セオリスが謁見の間に飛び込む。
するとそこにはひとりの男が王を床に這いつくばらせていた。
そしてその背中の上で胡座をかいている。
「……貴様、元とは言え騎士団長であろう。降りろ。――殺すぞ」
「あぁ、セオリス様は流石ですね。私のような下賎な臣下であっても覚えていらっしゃる。――しかし、そこの暗愚な王は異なるようで」
冷たい目で、王を見つめる侵入者。
対するセオリスの殺気。
――空気が冷たく凍る。
「……貴様の目的は何だ。言え」
「この腐った国を掃除することですよ、セオリス様」
「……掃除、だと?」
「あなたも見てきたでしょう。兵の糧食が減り、武具の手入れも最低限。矢ですら必要な数に足らない。そして、それを指摘した忠臣を放逐し、あまつさえ顔を忘れている。『この王は暗愚である』――否定できますか?」
「…………それでも、王だ。王が愚かでも臣下が支えれば良い。――それが俺の役目だ」
腰の剣をいつでも抜き放てるように少しだけ鞘から抜く。
しかし、元騎士団長は意に介することなく続ける。
「賢い者が治めなければ、国は滅びますよ。セオリス様や、妹のイリアス様のような方であれば別ですが」
「……イリアスは死んだ。もういない。――そのはずだ」
セオリスは剣を抜く。
元騎士団長は肩を落とす。
「……ご存じないのですか? ――イリアス様はご存命ですよ?」




