第22話 虚妄と浸食と
場所はヴァルハライト王国、女神官であるヴァイラス・ダアト・ヴォイド・オブスキュラの自室。
時刻は夜半過ぎ。
部下からの報告を感情のこもっていない声で受けている。
「恐れ多くも申し上げますっ! 研究所は破壊され尽くしておりましたっ!」
「……かの研究所は何者かにより破壊され、跡形もないと。お前はそう言うのだな?」
平板で抑揚のない声。
否、その拳は強く握られていた。
判決を下すかのように、机を二度叩く。
「貴様」
「っ!!」
「――殺すぞ」
「し、失礼いたしましたっ!!」
部下は慌てて部屋を辞す。
閉じられたドアに、「源書」を投げつけるヴァイラス。
それはまるで張り付くように一瞬とどまり、力なくドアに沿ってずり落ち、床に紙片をまき散らす。
「――『生者。逆位置<死生反転>対象は今報告に来た男』」
「う~わ、殺しちゃった~。ひどーい」
「うるさいぞ、アイ。役に立たないモノを処分して何が悪い」
室外で何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
にわかに騒がしくなるが、ヴァイラスは意に介さない。
「で、マスター? 研究所に結構なお金入れてたでしょ? 信者たちから適当な理由で巻き上げたお金で」
「……金など。……金などっ! どうでも良いわっ!!」
拳が机に振り下ろされた。
欅で造られた天板が砕ける。
「あの『大火槍』が失われたことが問題だっ! あれさえあれば我が目的の達成が容易になるところ! いささか困難になってしまったではないかっ!!」
「へ~。ちょっと大変になっただけなんだ~」
アイレスは椅子に座ったヴァイラスを椅子ごと抱きしめる。
しかし、ヴァイラスは表情に露骨なまでの嫌悪を浮かべた。
「……この世界ではヴァイラスと呼べ。そう言ったはずだが? アイ?」
「そういう堅いこと良いじゃん? アイとマスターの仲じゃん? ね、虚?」
「貴様と仲良くなった覚えなどない」
「つれないんだ~」
体を離し、数歩後ずさるアイ。
そしてヴァイラスに、――虚に問いかける。
「で、マス……。ヴァイラスはどうするの~?」
「どう、とは?」
「だって『大火槍』だっけ? あの燃えるだけの槍が無いんじゃ目的達成に時間がかかるんでしょ?」
「……時間さえかければ十分可能だ。実際、これまでもそうしてきたのだから」
引き出しを開け、中に納められている箱を取り出す。
箱の中に収められているそれ。
それをヴァイラスは。
――虚は取り出した。
「あのシルヴィア・バルディーニとかいうクソ女が作ったこのゴミカードどものせいで、我の人生は崩壊した」
「マスター? 演技が抜けているよ~?」
「うるさいぞアイ。そんなことは些事だ。――これまで通り、この世界のどこかにいるシルヴィア・バルディーニを探し、殺す。そして、このゴミどもを使い、世界を渡る。これまで何度もしてきた。それを繰り返すだけだ」
ヴァイラスは席を立ち、窓を開け放つ。
紙くずと化した源書をぬるい夜風が捲き上げる。
「――ゆけ、カードども。この世界で相応しい者を選べ」
ヴァイラスはカードを窓から投げ捨てる。
カードは宙にゆっくりと舞い上がり、四方八方へと飛散した。
――世界に害をもたらす疫病のように。
「……本来であれば、あの研究所の所長が『魔術師』を変化させた『科学者』の適合者になるはずだった。だが、それはもはや叶わぬ。――ならば、カードどもに選ばせる」
「マスターの元『死神』のカードみたいに?」
「そうだ。シルヴィア・バルディーニの力が及ばないように。そのために、だ」
手元に戻ってきていたカード。
そのカードをヴァイラスは冷たく見つめる。
カードのイラストは――ベッドに寝かされた男。
取り付けられた多数の点滴や心電計。
よく見るとカテーテルやストーマも装着されているように見える。
カードの上部には「13i」と記され、下部には「Alive」とだけ記されている。
――生きるだけの屍。
「……さぁ、始めようか。この世界を壊すための不協和音を」
つぶやくヴァイラスは口元をゆがませる。
それは一見すると、笑みのようにも見える。
しかし、そこからは何の感情も読み取れない。
その背後にいるアイは、「楽しそうに」嗤っていた……。




