第21話 選択と決断と
「お前が持つその『聖剣』。なら当然、『大火槍』も本物があるに決まってんだろ」
「……研究者に、残された被検体さんが、刺して」
「寝ぼけたこと言ってんじゃねーぞ、御落胤」
アニキールの声がさらに低くなる。
「転移の魔術を使ってグーレイのおっさんにセラフィナを預けた後、俺様は研究所に戻った」
「……」
「『大火槍』が残ってたら、馬鹿が同じような実験や研究をするかもしれねーだろ。――なら、俺様が持っている方が安全だ。違うか?」
「……っ!」
イリアスがティーカップを取り落とす。
それは粉々に砕ける。
床に跳ね返った破片が陽光を鈍く照らしかえした。
「厳密にはサブの奴だがな。サブもあの実験の被検体だった。――なら、持てるに決まってんだろ」
「……厳密には持てるだけっすけどね」
椅子に座ったまま、突っ伏していたサブスが起き上がる。
そして小指につけていた指輪を外し、机の上に置いた。
「この中に『大火槍』は封印されてるっす」
「……こんな小さなモノの中に」
イリアスが手を伸ばす。
その手をアニキールが払いのけた。
「こいつは魔力を吸う。――お前が触ったら、多分死ぬぞ」
「……」
イリアスは思わず手を引っ込めた。
無意識に伸ばした手と反対の手で、震える手を押さえる。
その指先は冷え切っていた。
アニキールは頭を乱暴に掻き、話を続ける。
「騎士皇殿下は槍を持ち運ぶのが大変だから、こうやって持ち運びやすくしたんだろーな。――まぁ、神話時代の話だ。今はどうでも良い事だが」
「……」
「――俺様はこれをセラフィナに持たせるかどうか、選ばせる」
その言葉にイリアスは思わず叫んだ。
「反対ですわっ!!」
「イリアスっ!!」
アニキールが声を荒らげる。
ティーポッドが床に落ちて、砕けた。
「俺様はお前にセラフィナを託した。だが、それは愛玩動物のように可愛がれと言う意味じゃないっ!!」
「ならっ!」
「俺様は言ったよなっ! 『コイツを一人の人間に戻せ』ってっ! 人間は、合ってる間違ってる、そんなことはどうでも良いっ! 『選ぶ事、選び続けること』が人間だろっ!!」
「それでもっ! そんな危険なモノをっ!! あの娘に持たせるのが正しいとはっ!!」
「だから、選ばせるんだろうがっ!!」
アニキールはイリアスの顔を掴む。
「……お前が危惧していることはわかる。コイツを持たせたらセラフィナは兵器になってしまう。そうだろ」
「……えぇ、そうですわ。だから――」
「なら、お前がそうならないようにしろ。――できるよな。やれよ」
「……」
「俺様の期待を裏切るんじゃねーぞ。イリアス・ケセド・ヴァルハライト?」
席を立ち、砕けた陶器の破片を雑にゴミ箱に放り込むアニキール。
イリアスは床を見つめたまま、言葉が出ない。
ただ、視線だけが揺れた……。
(セラフィナは、この槍のせいで――)
サブが机の上に置いた指輪を見やる。
何の変哲も無い、赤い色をした指輪。
――イリアス自身に魔力が無いにもかかわらず、感じ取れるほどに魔力が込められているソレ。
「……サブさん」
「なんすか?」
「……本当にこれが『大火槍』なのか見せていただくことは可能ですか?」
イリアスは疑う。
もし、それが違うのであれば問題は無い。
だが、もしも。
もしも、本物なら――
「……アニキ、良いっすか?」
「まぁ、いけんだろ。ただ、2~3秒だったな」
「そうっす。それ以上は暴走するっす」
「なら俺様が数えてやる。準備は良いか?」
イリアスの腰に差した聖剣が冷たくなる。
本物かどうか。
ソレを確かめなければ、判断をすることもできない……。
だから、イリアスはサブに負担をかけるのを承知で依頼する。
「――お願い致しますわ」
「……わかったっす」
サブは指輪を右手の小指に嵌める。
空気が濁るような感覚をイリアスは感じた。
そして、一言だけサブがつぶやく。
「――燃えろ。大火槍」
あまりにも簡素な宣言。
しかしイリアスはその膨大な魔力により無意識に数歩、後ずさる。
その目には一本の槍が目に飛び込む。
思わず、自らの身体を抱きしめる。
「……サブっ!! 3秒っ!!」
「――燻れ。大火槍」
長大な槍は姿を消し、サブの小指に収まる。
その赤い指輪からは僅かに煙が上がっていた……。
アニキールがサブの右手を掴む。
指輪の形に付いていた火傷が治癒されていく。
「……これが限界っすね。これ以上は制御できないっす」
「……知ってはいたが、やっぱ凄まじいな」
イリアスは先のセラフィナとの戦いを思い出す。
あのときでさえ、周囲が焦土と化しそうなほどの熱量を感じた。
だが、今の数秒はソレよりも遙かに、遙かに、遙かに異常な熱であった。
例えるのであれば――核融合。
「……とんでもないですわね。でも――」
一方でイリアスは感じていた。
もし制御できるのであれば、先のセラフィナよりも安全であろう、と。
「無秩序に放出されるよりは、適切な制御下に置くことで、比較的安全に運用することが出来るかもしれませんわ。もちろん、危険性は伴いますが、捨て置くよりははるかに安全。であれば、確かにセラフィナに大火槍をあくまでも『制御装置』として持たせるのは合理的。ならば、やはりアニキールさんの言うとおり、本人に選ばせるのが適切か。最悪の場合は、『聖剣』によって強制的に……。とすれば、後の問題はセラフィナの感情面だけ」
「……イリアスちゃん? なんか口調がグーレイさんみたいになってるっすよ?」
「サブ、ほっとけ。こういうオタク気質の奴は考え始めると面倒だぞ。ソレより、グーレイのおっさんが隠してたまんじゅう見つけたぜ。食うか?」
「……もらうっす。流石に、限界っす」




