第20話 贖罪と真実と
「まぁ、そんなこんなでセラフィナは俺様が助けた」
「……それだけですの?」
アニキールが一口、茶を啜る。
「んなわけねーだろ。そこで終わったら、ここにお前がいねーだろ」
湯飲みに残った茶を、すべて飲み干すアニキール。
「グーレイのおっさんが掴んだ情報で、ヴァルハライト王国の王女殿下が『環神の儀』にかけられたって話だ」
「……何で私がそこで?」
「ヴァルハライト王国のイリアス・ケセド・ヴァルハライトと言えば、国外でも有名な魔道具をいじっている変人だ。――そんなヘンテコな人間が簡単にくたばる訳がねーだろ」
ポットから自ら茶を注ぎ、もう一口アニキールが啜った。
「セラフィナは見た目こそ18だが、中身は13のガキだろ? なら、女に任せた方が扱いが上手いに決まってんだろ。なら、お前に預けてみっかとなったわけだ。で、わざわざあんな森へって訳だ」
「……アニキさん。あなた、私に依頼者が『死んだ』みたいな言い方をしていませんでしたか?」
「俺様は『ある人の頼みで『商品』を仕入れたんだが……。まぁ察しろや』とは言った。――お前が勝手に『死んだ』と勘違いしただけだろ」
「……紛らわしい言い方をした御自覚はおありで?」
「俺様は商人だからな。嘘や大げさ、紛らわしい言葉は使うが、騙すことにならねーならな。所詮、言葉なんざー道具だからな」
「……そのうち捕まりますよ?」
イリアスはあきれてため息をついた。
アニキールは3杯目の茶を注いだ。
場に少しの沈黙が流れる。
その沈黙をセラフィナが破った。
「……セラは、生きていて良いのかな」
ティーカップの水面に波が立った。
「セラフィナ……」
イリアスが思わず、その名を呼ぶ。
「たくさんの人が死んでっ! セラのせいでっ! セラが生きているせいでっ!」
「セラフィナっ!」
イリアスがセラフィナの頬を叩いた。
グーレイは動揺し、目を丸くする。
アニキールは口元を隠し、――僅かに微笑む。
「セラフィナ、なんであなたはそんなことを言うのっ!!」
「だって、セラが『成功作に近い』ってことは、セラのせいで人がたくさん死んじゃった!! なら、どうしてっ! セラだけっ!! ――セラだけ、生きてるのっ!!」
「……セラフィナ」
イリアスがセラフィナの体を後ろから抱きしめた。
「……お姉様」
「……セラフィナ。少なくとも、私はあなたが生きていてくれて嬉しいですわ。だって、こんな可愛い妹分ができたのですもの」
「……おねえさまぁ」
セラフィナが涙をこぼす。
イリアスはそっと、その涙を指で拭った。
「で、お嬢さん方? 姉妹喧嘩はそろそろ終わりでいーのか? 待たされすぎて、危うく別の生物に進化するとこだったぜ」
アニキールが冗談めかしてそう言った。
そしてセラフィナを見やり、声をかける。
「セラフィナ。お前が生きているのがなぜかって? ――所詮、そんなもん運だろ」
「……運?」
「もしかしたら俺様も、恨みを買った奴に刺されて死ぬかもしれない。でもそうなってはいない。なぜなら、俺様は運が良いからな。お前は運が良かった。だから生き残った。それでいいだろ――考えすぎるとハゲるか死ぬぞ」
「……あの、アニキールさん? あまりにも乱暴な結論では?」
イリアスとセラフィナは思わずアニキールを呆然と見つめる。
「うるせーよイリアス。お前が一番強運のくせに。たまたま『聖剣』を見つけて生き残って、たまたま俺様がセラフィナを託して、たまたまこの町に来た。そんな強運のお前だけは『運』を否定するな」
「……」
「これは俺様の考えだが、運は縁を呼ぶ。ソレが良い縁か悪い縁かは知らん。そいつが積み上げてきた行為の結果でソレは変わってくる。だから、俺様は自らの心に従って生きる。少しはお前らより長く生きてんだ。――生きるコツくらいは知ってるつもりだ」
その言葉を受けてイリアスはセラフィナに語りかける。
「……私も、『環神の儀』という形で放逐された身。たまたま生き残っただけ。アニキールさんの言葉を借りるのであれば、運が良かった。そして、セラフィナ。あなたに出会えた。――確かに運は縁を呼ぶのですね」
「でも、セラは生きているだけで人に迷惑を……」
「迷惑くらいいくらでもかけなさい。あなたはモノでも道具でもない。ただの、13歳の女の子。そうではなくって?」
「……生きていて良いのかな」
「良いに決まっていますわ」
気がつくと、セラフィナの体は震えが止まっていた。
そこに一人の男がグーレイの店に入ってくる。
「……あにきぃ、流石に一人じゃきついっすよ」
「何だよだらしねーなサブ」
「いや、結界を張っていたにもかかわらず、セラフィナちゃんとイリアスちゃんの戦いの余波で壊れた町を直すのは、一人じゃ無理っす。アニキ変わってくださいっすよ……」
「俺様がそんな細けーことできる訳ねーだろ。魔力纏装だって、見よう見まねでテキトーにやってんだぞ」
「……そもそもソレがおかしいっすよ。なんでテキトーにできるっすか」
「天っ才だからな」
そう言ってアニキールは高笑いをする。
グーレイはその様子を見て、セラフィナに向き直る。
「セラフィナ。お前さん、サブに変わって町を直してきたらどうだ」
「セラが、直す?」
グーレイが冷め切ったお茶を飲み干す。
「お前は生きていて良いのかと悩んでた。迷惑を他人にかけるから。なら、かけた迷惑を挽回できるなら、生きていて良いってことじゃないのか」
「……」
「まぁ、これは『まどうぐっ!』の締め切りを破った経験から言うんだがな」
グーレイの言葉にセラフィナは少しだけ笑った。
「サブさん。セラ、やってみたい。教えてください」
「……無理っす」
「……情けねーな。グーレイのおっさん。セラフィナは魔力が膨大なんで、おっさんが魔術式を制御すれば直せんだろ。――おっさんなら楽勝だろ?」
「……老体に鞭を打つな」
「まだ48だろ? 若い若い」
「――まぁ、余裕だが。どれ、セラフィナ一緒に行ってみるか」
「うんっ!!」
グーレイとセラフィナは店を辞し、路地裏へと向かった。
「流石の体力バカなサブの奴でも戦闘の余波を漏らさないように結界を展開し、それでも抑えきれなかった破壊の痕跡を直すのはキツいか」
「サブさんってそんなにすごかったんですね」
「……半分はお前のせいだぞ、イリアス」
「私の?」
アニキの声が僅かに低くなる。
「その『ありがたい剣』が結界をぶっ壊すから、何度も張り直す」
「……うっ」
「その間に、漏れ出したセラフィナの魔力で町が破壊される。ってコトなんだからな」
「……ソレは、私が悪いですわね。――ごめんなさい」
「まぁ、そんなことはどーでも良いんだけどな。大事なのは、今この場にセラフィナがいないことだからな」
そう言うとイリアスの目をアニキールは覗き込む。
「その『聖剣』はありがてー『源書の勇者』が持っていた。それは知ってるよな」
「えぇ、勇者様の幻影も見ましたので、間違いはありませんわ」
「……意味がわからん。まぁそんなことはどうでも良い。大事なのは『勇者様には一人だけ、旅を共にした騎士』がいたってのは知ってるよな」
「……騎士皇殿下のことですわよね。それが何か?」
「お前にしては察しが悪いなイリアス」
アニキールはイリアスの額を指で弾いた。
「何をするんですの?」
「寝ぼけてるみてーだから、目覚まし代わりだ。俺様は『人工大火槍の騎士作成実験』を潰したっていったよな」
「……それが何か?」
イリアスの呼吸が浅くなる。
本当は気がついていた。
だが、認めたくなかった。
「……」
脳裏に「大火槍」「騎士皇」「実験」という言葉が浮かぶ。
それを否定したく、首を振る。
しかし、残酷な真実はアニキールの口から容赦なく語られる。
「あくまでも俺様が止めた実験は『源書の騎士の再現品』を造るもんだ。なら、――残された本物の『大火槍』はどうなったと思う?」
部屋を沈黙が支配する。
時を告げる魔道具だけが、静かにその針を動かしていた……。




