第19話 非道な実験-被検体第94番-
「……これで、生きてんのかよ」
「ええ、93番は個体差により再生能力が強いようです」
アニキールは思わずつぶやいた。
黒焦げを通り越し、炭化していた人体。
それがわずかではあるが動き、うめき声をあげた。
「あなたのような下等な人物にはおわかりいただけないと思いますので、簡潔にまとめさせていただきます。――あなたは、毒虫が自らの毒で死ぬとお思いですか?」
「……死ぬこともあるんじゃねーか」
アニキールは研究者に悟られないように魔力を練る。
それはモノを引き寄せるだけの単純な魔術。
「その問題点は、27番で解決をしたのですよ。焼け落ちるよりも早く直してしまう。――それだけの話でした」
「……そのために、90人以上も犠牲にしたってことか」
「いずれ復活するかもしれない魔王を倒すため。そのための僅かな犠牲でしょう?」
「――やっぱ、テメーとは、わかり合えねぇなっ!!」
アニキールは叫ぶと同時にモノを引き寄せる魔術を発動する。
大やけどを負っている人物の体を自らの手の中に収めた。
「すみませんが、ソレは返していただきますよ。――94番。出ろ」
隠し扉が開き、一人の女がそこから出てくる。
その体は燃え上がり激しい火傷を負うが、即座に回復しているように見える。
「……悪趣味だな。クソがっ!!」
「あなたのような品性が下劣な下等生物には、この崇高な研究を理解するのは難しいでしょう。――やれ、94番」
94番と呼ばれた女がアニキールに襲いかかる。
しかしアニキールは相手の首を掴む。
肉が焦げる嫌な臭いが周囲に漂うが、意に介さない。
力任せに、その人物を持ち上げる。
「……燃え尽きる前に、直しちまえばいい。――そうだったよなっ!!」
燃えさかる人間を壁にたたきつける。
そしてその人物は動かなくなった。
――黒く焦げた肉が、僅かにうごめく。
「……やっぱ、悪趣味だな」
アニキールは自らの腕に治癒魔術を施し、酷い火傷を治療した。
「やはり94番は個体差で93番より回復能力が低いようですね。93番であればもう動けるようになっているはずです。――やはり失敗ですか」
「……テメーらの研究なら、あの程度では死なねーだろ? ま、んなことはどーでもいいや。俺様は『仕入れ』が終わった。――帰らせてもらうぜ?」
そう言いながら、アニキールは94番と呼ばれた女に近づく。
息はある。
少しくらい「商品」が増えても問題は無いだろう。
「――致し方ありません。護衛っ! 何をしているっ!!」
研究者が叫ぶ。
だが、それに答えるモノはいない。
「……テメーらのクソみてーな研究も、ちったー役に立つみてーだな。――筋力強化だったか?」
その言葉に研究者の動きが止まる。
そして乱暴に頭を掻きむしった。
「……63番っ!!」
「番号で呼んでんじゃねーよカス。アイツは、――『サブ』だっ!!」
天井が崩れ、瓦礫が降り注ぐ。
舞い上がった埃が晴れると、そこにはサブが立っていた。
「アニキっ! 研究資料の破棄及び、施設の破壊完了したっす! 後はそこの研究者だけっすよっ!」
「でかしたっ! ずらかるぞっ!! 埋めちまえばどうせこの馬鹿もそのうち死ぬだろ」
「――逃がすと、思うかっ!!」
サブの開けた穴に向かって魔力を用いて飛び上がろうとするが、その魔力は霧散する。
再び魔力纏装をしようとするが、それもできない。
「……襲撃されたときの対策くらい、しているに決まっているだろう」
「………………遅くね?」
「………………っすね」
アニキールの腕の中で、一人の少女が目を覚ました。
「……だれ?」
「俺様は商人。こいつはまぁ、仲間みてーなもんだ。簡単に言うが、ある人に頼まれてお前らを助けに来た。――助かる気、あるか?」
焼け焦げていた体は、完全に元に戻っている。
その少女はかすかに頷いた。
「なら、名前を聞かせてくれねーか。お前も93番とか言われんの嫌だろ」
「……セラフィナ」
「そうか。で、セラフィナ。あそこの馬鹿に兵器にされるのと、俺様と一緒に来て人間として生きるか。――お前はどうしたい?」
セラフィナは小さな声で
「生きたい」
とつぶやいた。
「その93番は成功作に限りなく近いのですよっ!! 完成品と言っても差し支えない。 そうだっ!! そこの失敗作である94番は差し上げますので、93番はおいていけえぇっ!!」
「……もういい、テメーはしゃべるな。虫唾が走る」
アニキールはゴミを見る目で研究者を見やる。
すぐに視線をそらし、来た道を戻ろうとした。
「サブ、どうやら飛んで逃げんのは無理そうだ。――地道に歩くぞ」
「分かったっす、アニキ。アニキに瓦礫は任せてもいいっすよね?」
「しゃーねーな。まぁ、俺様の方が女の扱いには慣れてるからな」
「待てやごらぁああああ!!!」
研究者が絶叫する。
そして、一本の槍を投げつける。
「85番以降は、正規の解放手段で解放しないとっ!! その『大火槍』の近くにいるだけで、体がっ!! 燃え上がる!! 燃えて死ねっ!! 下等な商人がっ!!」
「……テメー馬鹿だろ」
サブが槍を掴み、研究者に対して投げ返す。
その体を貫き、地面に縫い付けた。
「……サブはテメーらの実験に使われてたんだぞ? この槍だって、少しなら使えるっつーの。当然だろ?」
「まぁ、2~3秒が限界っすけど」
「サブ、そういう自分が不利になることは言わなくても良い場合がある。お前も商人になるなら覚えておけ」
「っす!」
94番と呼ばれた女を助け起こそうとしたが、その女は首を振って拒否した。
ただ一言だけ、何かをつぶやいた。
アニキールはそれを首肯し、サブとセラフィナと共に研究所を後にする。
「……まぁ、良いでしょう。生きてさえいれば、いくらでも研究はできるのですからっ!! 何をしている94番!! この槍を抜きなさい!!」
94番と呼ばれた女が研究者に近づく。
そして、槍を掴み一言だけ、
「死ね」
とつぶやいた。
槍から火が噴き出し、研究者を一瞬で炭に変える。
なおも燃える炎がソレを灰に変え、霧散させた。
「……あとは、これで、終われる」
そして女は、自らの心臓を槍で貫いた。
程なくして、その体が崩れ落ちる。
後には一人の「人間の女」の遺体だけが残されていた――。




